リッチである私は、人間たちのように朝起きて夜眠る、と言うライフサイクルに縛られることはありません。
魔術触媒の調子など、諸々の理由によって夜に活動することの方が多いくらいです。
私たち魔物娘は人間よりも丈夫で強力ですが、それでもずっと起きて集中していれば疲れもしますし眠くもなります。
生ける肉体を捨てて魔道に身を落としたリッチとて例外ではなく、私は大抵朝日が昇ると共に眠りにつきます。
しかし、何事にも例外はあります。
その日、私は朝早くに起床して客人を出迎えました。
戸を叩く音に心が弾むのをどことなく恥ずかしく思いながら、彼を受け入れます。
……いらっしゃい。今日も薬、ですよね?
「ああ、いつもありがとう」
両手一杯に野菜を抱えたその青年の名はカンデル。
ふとした縁から、森の奥深くで独り実験に勤しむ私を定期的に訪ねてきてくれている人です。
「前に持ってきた分はもう、食べてくれたのか?」
ええ。どれも新鮮で、美味しかったですよ。
私はリッチで、死人だけど……食事の味くらいはまだ分かりますからね。
「それはよかった。今日もたくさん持ってきたから、よかったら食べてくれ。
……金を渡せないのは、なんだか申し訳ないが」
いやいや、お金なんて。
あったところで、私には使うところが無いですよ。
魔物どうしでやりとりする事も、私には然程ありませんからね。
それより、薬ですよ。
最近、調子は……良さそうです、ね。
「おかげさまでな!」
今でこそ明るく快活なカンデルですが、初めて会ったときにはもう、今にも死にそうな顔をしていました。
事の発端は数年前、カンデルがまだ少年らしさを残していた頃のこと。
彼は生まれたころから身体が弱く、人間の医師に何年もかかり続けていました。
それでもなかなか体調は良くならず、十代中頃に遂に肺を病みました。
いろいろ薬なども使ったようですが、ゆっくりとした病の進行は止まりません。
このまま病状が悪化し続ければ、成人を迎える前に死ぬかもしれない。
かくなる上は教会へでも行って、主神教の偉い人に祈祷でもしてもらうくらいしか手がない、と言うところまで追いつめられて。
しかしそれには大変な金がかかるし、治るという保証もない。
そもそも、コネクションを持たない田舎町の人間がそんな祈祷を受けられるはずもない。
八方塞がりになり掛けたとき、彼の住む町から少し離れた森に魔物の研究者がいるという話が届きました。
人間の寄りつかない森の奥深く、小さな庵でなにやら奇妙な実験をしているリッチがいる、と。
いかにも田舎町らしく、魔物に対する偏見の強かった彼の町の人間たちは、そんな訳の分からない者を頼ろうなどとは思いませんでした。
ただ独り、カンデルを除いては。
魔物は恐ろしい、神の怒りを買うなどと言って制止する村人を押し切り、単身私の元へ助けを求めてきたのです。
いきなり男が現れて、「俺を治してくれ」「できることならなんでもするから命を救ってくれ」などと言われたときには、とても驚きました。
しかし、私はリッチ。死を超克した存在です。
医者の経験はありませんでしたが、魔法薬を調合して病気を治すなんてのはむしろ得意分野です。
即席の病床に彼を休ませ、しばらく薬を飲ませて療養させたところ、たちまち健康体となりました。
元気になって村に戻った彼を見て、村人たちはとても驚いたそうです。
「先のない己の身を儚んでヤケになった」「魔物に殺されにいった」などと考えていたら、ピンピンして戻ってきたのですから、それも無理のないことでしょう。
あれ以来、彼はなんやかやと私の庵を訪れてくれます。
滋養強壮薬を渡す、と言う名目はありますが、もう彼は薬なんて無くても立派に生きていけます。
それでも私に治してもらったことを忘れず、こうして食べ物など持ってきてくれる彼を好ましく思う感情に、人も魔物も関係ないでしょう。
村人たちも、魔物に救われた彼の影響で少しずつ偏見から脱しつつあるとか。
死んでまで魔法薬学研究に励んだ甲斐があったというものです。
さて、薬と食べ物を交換して、しばし談笑して、それから断腸の思いで彼を送り出すのがいつものパターンでしたが、今日は少し違いました。
「なあ。リッチが作る薬には、人間界に無いような凄いものもあるって聞いたんだが」
そりゃあ、ありますよ。
その辺にあるような薬しか作れないんじゃ、死んだ甲斐がありませんからね。
「そうか。じゃあ一つ聞きたいんだが、惚れ薬って作れるか?」
惚れ薬とは、また俗っぽい話題を出しましたね。
勿論作れますよ。こういうのは、魔物娘の得意分野ですからね。
用途と好みに合わせて、もうい
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