『地下水道に現れたスライムを討伐せよ』
教団から達せられた任務に、勇者見習いのレックスはほっと胸を撫で下ろす。その様子を見た彼の仲間である女騎士と宮廷女魔導師の反応はそれぞれだった。
「レックス、これから勇者になろうとする者がそのような様子でどうする!」
「見習いは見習い。焦らせるのは良くない」
憤りを顕に叱咤激励する女騎士の名はアナスタシアという。情熱家であり、装飾を廃した実用重視の鎧に凛とした表情が相まって女傑と思われがちだ。しかし、金糸の様な美しい長髪、鎧と赤いサーコートを押し上げる豊満な胸と尻は、それにも勝ってアナスタシアを女たらしめている。そして、アナスタシアを嗜める女魔導師の名はニナという。つば広な黒いとがり帽の下にある静かな顔立ちを人々は表情に乏しいと言うが、それは魔術師として身に付けるべき冷静さの現れと言える。厚手のローブに隠されたしなやかな肢体は、アナスタシアとは異なる女らしさを思わせる。
その二人はレックスが勇者見習いに任命された折りに、教団から送られた腕利きであった。そして、レックスを勇者として育て上げつつ、手段を選ばず魔物娘の誘惑から彼を守るという任務を帯びていた。その任務が暗に意味する所を理解している二人は、初めこそレックスと距離を取っていた。しかし、自らの使命のために臆しながらも直向きに訓練に努める姿勢と、性の誘惑に負けない精神とにいつしか好感を抱き、少なからぬ時間を共にした今では恋慕の情さえ湧いている。
「なに、たかがスライムだ。少し脅かしてやれば逃げるだろう! 」
「地下水道のスライムは油断出来ない。慢心しがちなのは、貴女の悪い所」
「そこをカバーするのがニナの役割だな! レックス、ニナ、出発するぞ!」
三人は、そんなやり取りをしながら準備を終えると、郊外にある地下水道の入り口へ向かった。
「あの変な臭いはしないか……。とすれば、バブルスライムではないな」
アナスタシアは、地下水道の入り口を塞ぐ鉄格子の前で鼻をひくつかせると言った。
「まだ臭わないだけかもしれない。とにかく、まずは入らないと」
あくまでも油断はしないというニナの声に応えるように、レックスはポーチから鍵を取り出し、鉄格子の隅に設置された扉の鍵を開けた。三人は開錠された扉から、アナスタシア、ニナ、レックスの順で地下水道へ入る。地下水道は入り口付近こそ差し込む光で明るいが、いくらも進まない内に暗闇に包まれようとした。
「フロート・ライト」
短い詠唱の後、ニナの持つ杖の先に浮遊する光球がいくつか現れ、三人の周囲を漂いながら照らした。アナスタシアとレックスは、それぞれショートソードとスモールシールドを構え、辺りに気を配りながら深部へと前進する。しかし、光の届かない先は完全な暗闇であり、三人の緊張感を否応なしに高めた。石畳を踏む自身の足音、水道の流れが生むさざめき、明かりを嫌って逃げて行く鼠の鳴き声。普段なら気にもしないことでさえ、今の三人にとってはストレスであり、貴重な情報源でもあった。
そして、三人が地下水道の最深部へ到達しようとした時、僅かに明かりが漏れ出ている扉を見付けた。
「この先が最深部だとすれば、スライムはこの部屋にいるのか?」
「道中では見当たらなかった。たぶん、ここ」
「何にせよ、確認しなくてはな。ニナ」
「分かってる。サーチ・マジック」
アナスタシアと位置を代わりながらニナは詠唱を終え、杖の石突を扉に当てると魔力を流す。扉から壁面へと流れ、内部を探ろうとしたニナの魔力は、魔法的な抵抗によって侵入を阻まれた。
「……レジスト・マジックが施されてる」
「なら、中の様子は分からないのか?」
「馬鹿にしないで。……んっ」
ニナは目を瞑って意識を集中すると、流し込む魔力の量を増やした。すると、より強力になったニナのサーチ・マジックが、ついにレジスト・マジックを透過し、部屋の中を探り始めた。
(……部屋はそれなりの広さ。動き回っている小さいのは、たぶん鼠。床、壁面、天井にくっついて動かない大小は、魔力の質からして何かしらのスライム属。……っ!? これは!!)
今までにない強大な魔力を感じ取ったニナは、その場にガクリと膝を突いた。冷や汗をかき、恐怖に震えるという、普段の冷静さとは真逆の彼女の様子を見て、アナスタシアとレックスは事の重大さを痛感した。この部屋の中には、スライムどころではない存在がいると。
「逃げないと……。私達ではどうやっても敵わない……」
それだけでも精一杯とばかりに小さく呟くニナを後目に、アナスタシアはレックスに目配りをした。
「……レックス、行くぞ」
ショートソードを握り直したアナスタシアは、レックスにそう言い放った。レックスは緊張から唾を飲み込むと、一つ頷く。
「駄目っ!! デビルやサ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想