ある反魔物領の教会に、慈愛に満ちた壮年の神父が居た。そして、その壮年の神父の傍らには常に敬虔な修道女が立っていると、教会に足を運ぶ信徒達は話した。しかし、何時の頃から神父の傍らに立つ様になったのかは誰も知らないと言う。
朴訥なる神父を支える修道女の姿は、知らぬ間に当たり前の光景となっていた。そして、朴訥ながらも慈愛に満ちた神父を支える菫の如き修道女を信徒達はビオラと呼んだ。信徒達はこの二人を天におわす主神の御遣いと信じた。しかし、この二人の間には誰にも言えぬ秘密がある。それは、ビオラの正体についてである。ビオラは人の姿に化けた、堕落した女神の信徒であるダークプリーストなのだ。
反魔物領において魔物は排他される存在であるが、神父はビオラを告発する様な事はしなかった。それは、単に神父の人柄故であることと、信じる神が違えどもビオラが敬虔な信徒であるためだった。
ビオラは日に三度、決まった時間に必ず礼拝堂へ赴くと堕落した女神に祈りを捧げた。また、教会での食事がどれだけ質素な物でも感謝を忘れる事は一度も無かった。神父は、魔物は人を襲い食らう存在だと教えられ、そんな存在から人々の心の安寧を守る事が自らの役割だと考えていた。それだけに、ビオラの敬虔な姿勢に感銘を受け、一信徒として彼女を好ましく思った。
また、ビオラは好んで神父を襲おうとはしなかった。ビオラもダークプリーストであるため過去に一、二度本来の姿で神父に襲い掛かった事はあった。しかし、神父が強く拒んでからは、神父から襲われる事を期待する様な妖しげな目付きで、時折神父を舐め回す様に見るのに留まっている。その目付きのビオラと目が合うと、神父は彼女に対して欲情しかけて何度も主神に懺悔した。聖職者でこそあるが、彼もまた一介の凡夫なのだ。
ビオラは良く気の回る女でもあった。神父は家事などの些事に疎い男であったため、ビオラは良く神父の世話を焼いた。神父の生活における炊事洗濯を一手に引き受け、放って置けば何時までも教会に残る神父を追い出すのもお手の物だ。その姿は堕落とは正反対の勤勉その物だった。
そんなビオラと共に暮らす内に、神父はビオラを一信徒でもなく、性的な魅力に満ちた魔物としてでもなく、一人の女性として愛する様になった。そして、ビオラもその愛を受け入れた。二人は気の許せる友人だけを呼んでささやかながらも式を挙げ、主神と堕落した女神に愛を誓った。そしてその夜、神父は主神の教えに一度だけ背いた。
信徒達は式に参列した訳ではなかったが、二人の間に醸し出される柔かな雰囲気に微笑みを浮かべ、二人を祝福した。しかし、二人の口外する事の出来ない幸せな暮らしは長く続かなかった。
ある日の昼、レスカティエの司教が憲兵を伴って神父の教会に押し入った。全てを悟った神父はビオラだけでも逃がそうとした。ビオラは共に逃げようと神父の手を引いたが、神父はその手を払った。
「犯した罪は償わなければならない。せめて、君だけでも生きて欲しい」
神父はそう言い残してビオラを教会の裏口から閉め出した所で憲兵に捕縛された。
憲兵達は下卑た笑いを浮かべながら口々に神父を罵った。そして、お前は友人に銀貨三十枚で売られたのだと笑いながら言った。神父はその友人の名を聞いた。嘲笑と共に神父の耳に届いた名は、式に呼んだ古い友人の名だった。驚きこそあったが、神父はその友人を恨みはしなかった。その友人の家は酷く貧しいのだ。この身一つで友人の暮らしが少しでもましになるなら安い物だとさえ思った。
憲兵はそんな神父の態度が気に入らないのか腹に蹴りを入れ、手を縛って馬に繋いだ。そこへ司教がやって来た。司教は塵を見る様な目で神父を一瞥すると、神父を繋いだ馬に跨がる憲兵に言った。
「魔物と内通する不届き者を引き回せ」
憲兵が鞭を入れると、馬は勢い良く駆け出した。
神父は城の地下牢に閉じ込められていた。その瞳からは精気が消えかけている。おそらく、衣服の下は酷く腫れ上がっているだろう。牢番や憲兵達がビオラの死に様は見物だった、具合が良かったなどと嘘と分かる挑発をする度に、神父が怒りを湛えた目で睨み付けるので打ち据えるのだ。
横たわる神父の牢に刑吏がやって来た。神父は何とか顔を上げたが、刑吏は覆面を被っているため顔は見えなかった。だが、神父はその声に覚えがあった。
「明日から刑を執行する」
刑吏は腰から鞭を取った。
「明日の刑は鞭打ち。この悪趣味な魔法の掛かった鞭でお前を打つ。血を流す事無く、狂い死ぬ事も無い。あるのは痛みだけだ。そして、その翌日に磔刑に処す」
神父はどれ程の数だけ打たれるのか刑吏に聞いた。
「十や二十では足りぬだろう。レスカティエの司教どもが満足するまでお前は鞭で打たれる」
それを聞いた神父は目を閉じると眠
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