奉仕生物の幸せ

屋敷の主は目を覚ますと、首を捻って窓の外を見てみた。止むことの無い吹雪が窓ガラスを叩くだけの代わり映えのしない景色。代わり映えの無いはずのそれを暫く眺めていた男は、文字通りに彼の体を包み込むベッドから体を引きずり出してベッドを下りた。

「お早うございます、旦那様」

声のする方へ顔を向ける。そこには主である男を除いた屋敷唯一の住人、メイドのショゴスが立っている。恭しくお辞儀をするメイドの身体は異形そのものであるが、屋敷の為に誂えられた調度品の様に自然で違和感は感じさせなかった。

「お召し物を変えさせていただきます」

ショゴスは男の元へ音も無く這い寄ると、その不定形の身体で男を包み込んだ。男の寝間着が透き通った紫色に変わり、シャツとスラックスとなって身を包む。
ショゴスが男から身体を離すと二人の間に粘液の橋が架かる。ゆっくりと引き伸ばされ、ぷつりと千切れたそれは、床に落ちると吸い込まれる様に消えた。

「テケリ・リ…お似合いですよ。旦那様、朝食の支度が整っております」

男は独りでに開いた扉を抜けると食堂へ向かう。その後ろをショゴスが這い進む。
男は食堂に着くと椅子に座って、テーブルに並べられた朝食を眺めた。小麦の薫が立ち上るパン、とろりとしたスクランブルエッグ、今にも弾けそうな腸詰め、瑞瑞しいサラダ、黄金色のスープ。全ての料理の味、火の通りが男の好みそのものである。男はショゴスに礼を言うと朝食を摂り始める。
ショゴスは男の隣に控えている。男が腸詰めを食べる為にフォークを握れば身を震わせ、スープを飲む為にスプーンを口に運べば恍惚の表情を浮かべた。

「テケリ・リィ……お味は如何でしょうか?…うふふ、そうですか。嬉しく思います」

男が最後に残ったパンを食べ終えようとした頃、ショゴスがコーヒーを持って来た。
ショゴスは白地に紫色の花の模様が描かれたコーヒーカップとソーサーを置くと、お辞儀をした。

「…旦那様、食後のデザートは如何でしょうか?」

そのデザートが何なのかを知っている男は、カップをソーサーに置くと躊躇いを見せながら断った。

「…失礼致しました」

ショゴスは再びお辞儀をすると男の隣に戻り、コーヒーを飲む男の姿を淀んだ瞳で見つめ続けた。



「ご用がありましたら、何なりとお申し付け下さい」

朝食を済ませ、身嗜みを整えた男は書斎に籠った。屋敷の外に出ることの叶わぬ男が出来る事は限られている。書斎に籠って本を読むか、ショゴスの奉仕をその身に受ける以外に男のすることは無かった。
そして、吹雪く外の景色さえ分からなくなる程に辺りが暗くなった頃、書斎の外から声が掛けられた。

「旦那様、夕食の支度が整いますが如何いたしましょうか?」

男は夕食を摂る事を伝えると、読みかけの本に栞を挟んで書斎を出た。書斎の外には恭しくお辞儀したショゴスが控えている。食堂へ向かう男の後ろを、ショゴスが這い進む。

「本日の夕食は魔界豚のポークステーキ、サラダ、陶酔の果実酒をご用意いたしました」

男が椅子に座るとショゴスが言った。
皿の上にはこんがりと焼き上げられたポークステーキ。付け合わせは網焼きされたアスパラガス、煮られたホクホクのジャガイモとニンジン。グラスにはそれだけで酔ってしまう様な芳醇な薫の果実酒。

「どれも一級品でございます」

男はポークステーキにナイフを入れた。中まで火が通っているが、口に入れて噛み締めるとしっとりと軟らかい。グラスを傾けると薫が鼻腔を充たし、薫に負けない濃厚な味が肉に振られた塩と胡椒の辛味を打ち消す。

「果実酒のお代わりは如何でしょうか?」

男が頷くと、ショゴスはワインクーラーからボトルを取り出してグラスに注いだ。果実酒の薫が食堂を満たしていく。
男が夕食を済ませると、ショゴスが男に聞いた。

「旦那様、食後のデザートは如何でしょうか?」

男は断ろうとショゴスを見ると凍りついた。ショゴスの瞳、身体中の瞳が狂気を孕んで男を見つめている。男は頷く事しか出来なかった。

「どうかなさいましたか、旦那様?……テケリ・リ!食べていただけるのですね?嬉しい」

ショゴスの下半身から透き通る紫色の触手が生え、男の口元へ伸びて行く。触手から粘液が滴り、男のスラックスを濡らした。

「さあ、お口を開けて下さいませ。きっと気に入っていただけますよ?」

男は触手を見つめている。食べれば後戻りは出来なくなる。しかし、逃げることも出来ない。
男は口を開けた。暖かいとも冷たいとも言えない名状し難い物が押し入って来る。男は生肉の様にグニグニとした触手を噛み切った。
噛みきられた触手が男の口内でドロリと溶ける。夕食で飲んだ果実酒以上の、噎せ返るような甘さが広がる。男はドロリとしたショゴスの一部を何とか飲み下した。ショゴスの
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