反魔物領 メンセマト

俺……黒田衛(くろだまもる)は人生で初めての体験をしていた。

それは、異世界に召喚される……という事である。

俺の足元で怪しげに光る、六芒星の紋様。
俺の目前に広がるのは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を絵に書いたような光景。

真っ白な修道服を着た、回復魔法か何かを使えそうなシスター。
とんがり帽子に黒いローブを着ていて、魔法使いを思わせる老人。
いかにも聖騎士……といった感じの十字架の装飾が付いた剣と鎧を着た戦士達。

そして、嫌味な金持ち……という言葉を体現したかのような中年男。

(何だ……コイツは……?)

俺が、自分の置かれた状況を完全に理解する前に抱いた感想がコレだった。
他の人間は、俺の事を驚きと不安が入り混じった表情で見つめていた。
しかし、彼等の真ん中にいる1人だけ豪華な服を着たこの男だけは、
俺に対して「品定め」を行うようなねちっこい視線を向けて居た。

「ほう、お前が異世界の勇者か……!
勇者よ、お前の名は何だ……?」

「俺の名前は黒田衛ですけど。 
……勇者とか、一体何の事ですか?」

中年男の言葉に対して一応、とぼけて置きながらも俺はこう思った。
やっぱり、このパターンか……と。

大学の卒業式を終えた後、帰路に着いていた俺の足元が急に光り出した。
これはラノベやネット小説などでたまに見かける「何らかの理由で現代に生きる主人公が異世界へ召喚される」前触れかと思ったが、その時点でもう後の祭り。

……俺には、どうする事も出来なかった。

「あの……俺、家へ帰る途中だったんですけど。
勇者とか言われても、違います。ただの一般人です。
何かの間違いだと思いますんで、返して貰えませんか?」

「ん? お前は勇者では無いのか?
だが、こうして召喚された以上、我々には協力して貰おう」

訳が分からん。
俺を、俺の意思とは関係無くこの世界へ連れて来て「手伝いをしろ」と?

「ええと、意味が分かりません」

「現在、この街の隣にある村は異常に穢れている。
彼処に済む人間は魔物を魔物として扱っているのでは無く、隣人として接しているのだ。
故に、我らは神の名の下に奴等を粛清しなければならない」

「なら、そうして下さい。
少なくとも俺が手伝える事は無いと思うので」

俺は中年男に対して、交渉の余地は一切無いと言わんばかりに言い放つ。
その時に奴が発した「隣人」という言葉に違和感を覚えながら。

「我らの軍は、奴等に対してここ何年か連戦連敗している。
だがしかし、このままではいけない。我らが食われるのも時間の問題だからだ」

うわ、こっちの話聞いてねぇよコイツ。

「そこで、俺を召喚したという訳ですか?」

「そうだ!
こうして、お前は『勇者を呼ぶ儀式』へと応えて此処へ現れたのだ。
何か出来る事はあるだろう?」

「いいえ、有りません。
そこに居る兵士さん。これを見て、どう思います?」

そう言って俺は、スーツの袖を捲って力こぶを作り、周囲に居る兵士へと見せつける。

「ああうん……その……普通?
戦う人間としてはむしろ貧弱な部類か?」

「ですよね。
こんなんじゃあ、皆さんでも中々勝てないような魔物には……!」

「力が無いのなら、魔法とかが有るだろう!」

「有りません」

「えっ」

「俺の世界には、魔法及びそれに近い物は一切有りません」

「ちょっ……! そんな……!?
お主の世界に魔法が無いとか、冗談じゃろう?
そんな世界で、一体、どうやって人が生活するんじゃ!?」

ローブの爺さんが、やたら焦った様子で俺に質問する。

「魔法が無い代わりに、その代わりとなる便利な道具が沢山有るんですよ。
いきなり知らない所に連れて来られたお陰で、
そういった物を持ってくる暇も無かったですけどね」

「うぐ、うむむ……!」

俺には何の力も無い事が皆に伝わったのだろう。
この場の雰囲気が、葬式のようになってしまった。

だが、下手に勇者扱いされて危険な事をさせられるよりはマシだ。

俺は、中年男に再び話しかける。

「これで分かりましたか?
あなた方のやった事はただの『拉致』です」

「黙れ……!
貴様は、我々を見殺しにするつもりか!?」

俺に対して、訳の分からない怒りをぶつける中年男。
正直、こっちもストレスの限界だった。

「先程も言いましたが、俺は『一般人』です。あなた方の奴隷じゃありません。
無理やり知らん場所に連れて来られて、憎くもない連中と戦えと言われて。
……頷く訳が無いじゃないですか!
それでも俺に戦えと言うのなら、あなた方は拉致及び恐喝を行った『犯罪者』ですよ?
そうで無いと言うのなら、俺を元の世界に返して下さい」

俺は言いたい事を勢いのままベラベラ喋ってしまう。

「貴様、我を侮辱するのか
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