「ったく、商売ができねぇ」
とある反魔物領のとある町にある情報屋専門のギルド『壁の向こう側』が拠点とする建物では今日もまた誰かが口々に愚痴を垂らしている。しかも複数人。彼ら彼女らは苦虫を潰したような顔で人肌に暖まった全く美味しくない粗悪な麦酒をがぶ飲みする。
「なんでここ半年掴む情報全てガセなんだよ」
「ガセつかまされた上に何人かのメンバーが失踪、あげく云われない不評不平の罵言雑言」
「んで耐え切れなくて抜けた連中がほぼ7割。現状、失踪者もあわせりゃ優に8割強。たはっ、 堪ったものじゃないさね。一体なんだってんだい」
店内をざっと見てもカウンターの丸椅子に3人、丸テーブルに5人。あまりにも抜けた穴は大きいようである。愚痴を口々にする仲間を横に1人の男がカウンターから席を立てば、皆がやはり同じような顔でそちらを眺めるわけだが「抜けるわ」という男の一言で「賢明だ」「あばよ」「達者で」とそっけなく男を見送った。
「……けっ、これで全盛期の1割になっちまったな」
「ああ」
「そうだねぇ、どうしたもんかねぇ……不味い酒だ」
まだ日は登って中天になる前だというのにこの建物の中は石櫃の中のように重く冷たかった。そもそもどうして彼ら立は落ちぶれてしまったのだろうか。腐ってもギルド、余程の犯罪とか悪手を踏むことなければいくらでも存続可能なところでなぜこのようになったのだろうか。
「おい、そういえば不確かな情報を仕入れたんだが」
「……聞こうか」
「どんなだ」
カウンターで飲んでいた男がそっと立ち上がり丸テーブル側へ背を向けたまま語りだした。その声はいくらかか細かったが流石は情報屋達である。皆が皆、その男に向かって注視をしたからだ。男は一度溜息を吐くと皆に見える様に振り返った。その顔はだいぶ疲れていたがよほど苦労をしているようだ。
「半年とちょっと前、知り合いの伝手で魔物娘のヤツに聞いた話だが、どうやら近々この町周辺の諸国を攻めるらしい。確証はないと言っていたが魔王軍の兵站長を友人に持つヤツが話していた、とやや怪しいスジだ。しかし単独でちょっと魔界近くを遠見することが出来てな、確かに魔王軍がどこかに大規模な戦争をおっぱじめようとしている気配はあった」
「うむ。なるほど。しかしまだ信憑性に乏しいな」
「ごもっとも。んでここからが本題だ。実は魔王軍ってのは転位魔法で近くの森とか山に物資を運搬して拠点を密かに作っているんだが、知っているか」
柔らかなでも確りと聞き取れる速度で話す男はカウンターに背をもたれ掛けて皆の返事を伺っている。話の信憑を疑う者の発言にも肯定し、ならばとつむぐ言葉はしかして皆をさらに引き込むのには充分であった。
「知っているとも。いくら絶大な力を持つ魔王軍でも周りに感づかれて対策をとられたくないからな。それで」
「うむ、実は運よくその拠点準備の時に出くわすことが出来たんだ」
「なに? いやそれは嘘だろ」
疑うのも当然である。話すのは男、しかも未婚。ならば魔物娘の性欲たるや逃すはずもないのはこの世界のガチガチの反魔物派以外の周知の事実。どうやって彼はここまで無傷で戻ってきたのだろうか不思議である。
「たまたま逃げてたところを旅している教会騎士に助けてもらったのさ。まぁその騎士様が代償に攫われちまったけどな」
「なるほど、それは確かに運がよくて運がなかったな」
「まぁな。んで俺らギルドメンバーでこいつを確かめに行こうぜ。しっかりと裏付けされた情報ならいくらでも高い金を払うはずだぜ。とくに近場の反魔物領主なんかはな」
しばらくの沈黙の後、静かに1人また1人と席を立ち肯定の意味の首肯を示しだした。結局誰一人欠ける事無く参加することとなった。「では明日に街の正門へ朝日が昇る前に集合しよう」と話を持ちかけた男が述べてその日は解散となった。
各々準備の為に街の中に消えていき最後の1人となった時、話しを持ち出した男は今まで静かに黙っていた長身のマスターに向かってこういったのだ。
「……これで良いのか」
「……ええ、上出来です。流石はリーダーさんだけあって皆からの信頼を得ていますね」
「あぁ、俺は仲間を売ったんだな」
グラスを磨いていたマスターは指をパチンと鳴らすとひとりでに木でできた入口の扉に鍵がかかり、扉越しに聞こえていた賑わいが一切の音が遮断されたように消えてしまった。マスターと呼ばれたどう見ても優男のようにしか見えないその人が声を出せばその体躯に全く似合わない、否、出せるはずがない年端もいかぬ少女の声で満足そうに男と話を始めたのだった。対して男はその自信あふれる幼女の声に意気喪失し、先ほどのリーダー然としていたのが絶望に叩き落とされた顔になった。いったい何があったのか。
「そう責めないでください
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