ーー【傾国】第七章 狂フモノーー



・・・衝撃的な別れから数分が経ち・・・

「・・・ス・・・・いに・・・・ロ・・・・・・・季・・・・・・・・せない・・・・」
膝立ちになったまま下を向きぶつぶつと何かを呟く奈々だが・・・

・・・その瞳に・・・『光は無かった』・・・・

と、突然すくっと立ち上がり・・・床に刺さった太刀へ・・・・『八音の形見の大太刀』へ近づいていった。そして・・・・

「・・・・・・・・」

・・・無言で・・・
・・・腰の鞘から『逆刃刀』をゆっくりと引き抜き・・・
・・・床に寝かせた。


・・・と同時に、形見の大太刀の柄を握り・・・一息に抜いた。

・・・その大太刀、刀身がかなり長くて・・・女性としては平均身長より頭一つ分背の高い奈々が腕を水平にしてやっと切っ先が地面を離れるくらいであり、薄く蒼色がかった色をしていた。
柄は黒塗りだが所々剥げていて・・・くすんだ金の装飾が気持ち程度に彫られており、柄頭には長い年月で薄汚れた萌黄色の房がついていた。

そして最も特筆すべきは・・・
五年間・・・持ち主である八音の体を貫いていたはずなのに・・・


刀身には『全く錆がなく、刃こぼれもない』ということだろう・・・


・・・そして、『逆刃刀』を抜いた速さと同速度で『腰の鞘』に収めていく。
・・・違う刀同士であるはずなのに・・・
・・・その『蒼い大太刀』はごく自然に・・・

・・・まるで『元の鞘』と云わんばかりに小気味良い小さな金属音とともに・・・


・・・ピタリと収まった・・・


「コ・・ロス・・・コロス・・・殺すッ」
黒い氣が爆発したかのように膨れだし、怒気を多分に含んだ怨嗟の声は徐々に言葉を成していき大きくなっていく。
その瞳に『紅い怒り』と『黒い復讐心』を宿した奈々の顔は・・・


まさしく・・・『阿修羅』と呼ばれるものだった・・・


・・・奈々は再び黙ると振り返り
・・・・鉄扉に向けてゆったりと、しかし確実に

・・・歩き始めた・・・

「っ! おい、まてっ!」
逸早く奈々が『なに』をしようとしているか気付いた長海は止めに入り、通り過ぎる寸前だった奈々の肩を制する・・・が・・・

・・・パシンっと裏拳で弾かれた。・・・・

・・・奈々の歩みは止まらず、とうとう春の直前の所まできた・・・

・・・その瞬間・・・

「っ!? 春っ、しゃがめぇっ!!」
「・・びぐっ・・・えっ? ・・・・っ!! ・・・き、きゃぁぁぁぁっ!?」
春は咽び泣いていたが、目の前の恐怖に声を出し脅えながらもしゃがんだ・・・

なぜなら・・・

光のない紅い瞳で目の前しか見ていない奈々が・・・・刀を横一文字に振りぬこうとしていたから・・・

『春がいるのに』・・・である・・・



そして・・・



シィーーーンっ!!



・・・・・・・・眼に『写らぬ』抜刀が鋭い風きり音とともに放たれ、斬撃が鉄扉に・・・


・・・チンっ・・・・・


・・・軽い金属音がなって納刀した奈々・・・すると・・・



・・・ズ・・・ズズズズ・・・ドゴォォォン・・・・・・・・



一瞬の無音の後・・・その重々しい扉は低く響く音と一緒に・・・『六枚』になっていた・・・
支えを失ったのか一気に瓦解し、黒い闇が口をあけた・・・

「まっまてっ、奈々っ! はやまr」
再び歩みだした奈々を長海が必死で止める・・・・しかし・・・


ドンっ!!・・ミシッ・・・・・・・・・・・・・ドゴンッ!!


「っくぅぅっ・・・」
その長海に・・・鈍い音がやってきた・・・ミシリと軋み、体が浮くと・・・・壁に叩きつけられた・・・

「っあがっ!?」
外傷もなく内臓も大丈夫なようだが・・・頭を打ち付けてしまったらしく体が動かない長海・・・

・・・そして奈々は闇に消える直前に、真っ黒な笑みをしてこう呟いた・・・


『タダじゃ・・・殺さない・・・・まず・・・周りをそぎ落として・・・ふふ・・・・ふふふ・・・・・・』


・・・腹の底から紡ぎ出したであろう言葉に戦慄を覚え、身の毛がよだつ長海と春。
すぐに回復して体を動かせるようになった長海と春は奈々を追いかけ『扉だった所』をくぐるも・・・


・・・・もう奈々の姿は無かった・・・・・


「・・まずいぞ・・・」
「・・は、はやく姫に伝えないと・・・」

『計画が狂う』
・・・二人はほぼ同時に発声し、同時に走り出した。

・・・・・・・・・

・・・・・

・・・


「・・・・たしかに不味いわ。不確定要素がでかすぎる・・・っ」

そしてココは葛篭の部屋。夜枷から帰ってきたばかりだったが、二人の氣わ感じ取りいつぞやのように『人除けの術』と『絶音の術』を施して血相を変えて息を切らして走ってきた春と、普通の汗とは違う汗を流した長海を招きいれ、ことの詳細を伺っていた。・・・
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