「あけましておめでとう!」
「おめでとう!」
年初めの三日、人々が三箇日というこの期間だけはいつも見慣れた街が不夜城と化す。主に神社とかの周りはまさに書き入れ時であるから歌えや呑めやの大騒ぎでもある。とにかく五月蠅くて喧しい。
ただそれは人間『だけ』ならの事であり、実際この世界の街中はと言うと物陰の所々からまあ聞こえてくるのは艶声、睦言、喘ぎ声となる。魔物とか妖怪とか神とか言われる人間とは異なる形の彼女らがいるからだ。だかしかしとて人々が不快に思うことは殆ど無い。なぜなら彼女達はこの世界に生きる人間たちに対して敵意なんて欠片もないからだ。ただ種族によってその表現は違えども、とも言わせてもらおう。
年明けの挨拶飛び交う中に色声がまじっただけのコチラの世界と対した差異のない世界、そんなにぎやかな街をやや重い足取りで歩くのはスーツ姿の男が一人。表情は芳しくないが何かあったのだろうか。いや、ただ単に疲れているみたいだ。酒も入っているみたいでだいぶ千鳥足になっていて見て手てかなり危なっかしい。
「でねわたしの彼がs うおっ!? 」
「ぅぁ、す、すいません」
「おう、兄さんだいぶ赤いな……オレっち並に赤いが大丈夫か?? 」
やはりやってしまった。歩道の端で彼氏自慢に華を咲かせた魔物娘達のとこにもつれ倒れてしまったのだ。彼がぶつかってしまった女の子は緑の肌に立派な角と長身、倒れてぶつかってそのまま地面に倒れかける彼の襟首を寸でのところで引っ掴み子供の玩具を掴みあげる様になんの苦もなく彼を直立にさせてしまう怪力を発揮したところを見るにオーガで間違いないだろう。
ぶつかった事に謝る彼に対して文句より先に優しい心配の言葉をかけた彼女もまた人ではないようで、吊るされているとは言え屈んで彼の顔を覗き見る長身と真っ赤な肌にこれまた立派な二本角とまさに鬼ッ娘であるアカオニであった。
「あ、は、はぃ……ぅっ」
「う、うわっ待てっ!? 」
「待って、彼吐きそうじゃなくて窒息しそうだからまず離してやれって!! 」
オーガに釣り上げられて危うく死にかけた彼だったがギリギリの所で現世に戻ることが出来たようだ。良かった。二人の鬼からは『気をつけてくれよ、俺らじゃなくて車とかだったら危なかっただろうが』『全くだぜ。はやく帰って奥さんに介抱してもらいなよ』と優しい言葉をかけられて歩道の端へと戻された彼。彼がもし独身だったらそのままお持ち帰りだっただろうが、幸いな事に彼は魔物娘と結婚した妻帯者だった。なぜ分かったのか。それは彼にたっぷりと奥さんの魔力が染みついているから。
さて、そんな優しい鬼たちに水まで貰って別れた彼は幾分かマシになった足取りで愛妻のもと、マイホームへと歩き出す。繁華街、旧家集落、病院とやや遠めの距離を歩いていく。歩けば歩くほど酔いが覚めていくのかどんどん足がしっかり前に前に進んで行っている。もう少し、もう少し。
同じような住宅が立ち並ぶ住宅地、その中の一角にて彼の足はようやく立ち止まった。彼の帰りを待つ妻の為、強いては二人の愛の為に購入した全魔物娘の種族に対応したブリアフリー設計の新居だ。深呼吸して彼は玄関へと進む。そしてドアノブを握り、一気に開け放つ。
「ただいま」
彼の呂律はしっかりしている。どうやらすっかり酒精が抜けきったようだ。確りした声で自分の帰宅を知らせる彼がしばらくその場で待っていると、それは聞こえてきた。とととと、っと小走りにやってくる何者かの足音。といっても彼と妻しかいないのだからその足取りの正体もわかってしまうわけだが。
「おかえりなさいアナタ! 」
「っとと!? 」
姿を見せた奥さんはそのまま勢いよく彼に飛びつき首に腕を回してくるくると。赤いチャイナ服がひらりと舞い、一緒に空を舞うきめ細やかな金の髪を振り回し、寂しさを隠す気もないペタンと完全に伏せた耳を彼にこすり付け、やっと会えた喜びにしなしなだった一本の狐尻尾をぶわりと滾らせて振り回したのだった。
「ごめんよ、会社の忘年会がかなり長引いてね」
「ううんいいの! そんなことより……おかえり、そしてあけましておめでとう♪」
「うん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
抱き着いてと言うより抱きしめられて身動きが取れない彼はそっと彼女の頭に手を乗せて申し訳ない気持ちと一緒に優しく撫でてごめんと謝った。しかし彼女はぶんぶんと首を横に振って人としとは身長の高い彼を見上げてにこっと笑ってゆるしたのだった。一月一日という日に年越しを一緒に出来なかった思いも載せて彼女は新年のあいさつを彼へ、彼もにっこりとほほ笑む彼女に微笑んで返して。
「今日は疲れたでしょ? 無理しちゃダメだよ」
「でも君はもう準備していたんだろう? 」
「……でもダメ。
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