『紅茶の時間』



「―――」
「―――」
 暖かな日差しで過ごしやすい昼下がり、大きな白壁の館には広い広い青い芝生の庭があり、とても良く手入れされている。その庭のど真ん中には白い金属のテーブル一脚にこれまた同じ白い椅子二脚とやはり白く大きな日除けのパラソルが一つあり、そこでは一組の壮麗の白髭の男と絶世の美女と言えるほどのペアが先ほど言ったテーブルに集ってまったりとその大きなパラソルの下で優雅にお茶を楽しんでいる様子だ。
 男性の方は余程好きなのか建物などと同じ白を基調としたシャツに深緑のズボンで綺麗に着飾っているが決して豪華というわけではなく軽装といえるシンプルさであった。ただ余程白にこだわっているだけに成金の貴族などでは決して出せない堂々とした風格を醸し出し、ひとつひとつの動作に優しさをも感じ取れてしまうほどだ。対して女性はと言えば白い服、ではなく踝上まである長くボトルグリーンのロングドレスに男性と同じ白を使ったエプロンをつけている。首元に黒いリボンを巻き蝶結びとしたそれは頭の髪を纏めるリボンと同じものだ。ただ頭のリボンにはアクセントとして白くて小さいメイドハットがついているが。控えめな胸元には握りこぶし大の透き通った真紅の宝石が埋め込まれたブローチがあり、暗い色が多い服からの重い印象を払拭しているようだ。そしてこの宝石、男の左薬指に嵌っているものと同じということもここに記しておこう。そんな彼女は男性のすぐそばでただポットを抱えて立っているだけから察するにメイドなのだろうか。

「―――」
「はい、どうぞ」
 男性が無言でそっと傍に控えていた彼女に飲み干したカップを差し出した。彼女もそれがどういう事かわかっている、わかりきっているからこそ流れる動作で空になったカップに静かに紅茶を注いでゆく。音をたてず、飲む人に最適な温度にする為に少々高い位置から流れ落ちる琥珀色の流水は一滴も零れる事無く全てカップに収まっていく。男性の袖口にすら一滴も跳ねていないという高等テクニックで。そんな彼女を信頼しきっている男性は一切彼女を見る事無く夢中に新聞を読んでいるからそれほど彼女に信頼をおいている証拠だろう。

「―――うむ、うまい」
「ありがとございます」
 誰でも褒められると嬉しいものだ。故に彼女の『尻尾』が小さく嬉しそうに振れ、耳まで揺れるのは仕方のない事だと。そう、彼女は人間ではない。犬のような垂れた耳、手首にはふわりと高級羽箒のような羽が生え、腰からはカシミアの手触りといっても良いほどきめ細やかな毛ともマザーグースのふわふわな羽毛とも表現できる長く太い尻尾と呼ぶべきものが生え、本来牛革などで作られた栗梅色のブーツがちらりと見えるはずの足元は鶏を思わせるような丁子色の固い硬皮がのぞいていた。鶏のような犬のような、この両方の特徴とメイド、というよりは世話好きな魔物の代表といえば。そう、キキーモラだ。

「―――」
「―――」
 会話と言える会話が無いまま時間はゆっくり過ぎていく。会話が無いということは不和ではないか、と思われがちだがどうか彼女の顔を見ていただきたい。俯き加減に目を閉じて無言ではあるものの決して不満ではない、寧ろ彼の傍にいれることが喜ばしいのかずっと微笑んでいる。では彼は無言で期限が悪いのかと言えばこれもまた違う。これでいいのだ。彼女は彼の求めに応じるのが好き、彼は彼女が傍にいてくれることが好き。ちょうど良い塩梅というものがまさに今の彼と彼女の立ち位置である。

「―――よし、読み終った。さ、カレン」
「はいっ♪ 」
 だが勿論これだけで終わる様な仲ではないことは先の指輪とブローチで察していただけただろう。実は彼と彼女、これでも夫婦なのだ。読み終えた新聞に興味をなくしたようでぽいっとテーブルに投げ捨て、続いてカップを置いた彼はトントンと自身の膝を叩いて彼女に対して何か合図をした。その合図を受けた途端、彼女の尻尾は最大振れ幅となり耳もふわぁっと喜びのせいで大きく広がった。そして喜色満面の笑みで彼の前に回り込み、なんとそのまま彼の膝上にすっと座った彼女。もちろんちゃんと足を閉じて揃えているから淑女として出来ている。そのまま彼に背中を預けて、更には後頭部まで彼の肩にすとんと乗せることで大いに甘えているのがよくわかる。ちなみに先ほどまで抱えていたポットはいつの間にか彼のカップの脇に置かれており、空いた両手で彼の片腕をそっと抱きしめていた。

「はい、尻尾出して」
「はいっ♪ 」
 彼女は猫が尻尾をずいっと動かすように彼と彼女の間から出すと抱いている彼の腕に宛がった。それを合図に彼は甘えん坊な彼女に拘束されていない手で胸ポケットから彼女の尻尾用に歯が荒くなった櫛を取り出し優しい手つきで彼女の尻尾を梳きだした。彼女につられてか彼まで優しい笑顔になって
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