「ぅ」
朝は誰でも起きるのがつらい。特に冬の寒い季節になると本当につらい。約2年前、ちょうど他界した母さんが死んで10年たったあの日、一度に結婚したバイコーンの義母らと乳繰り合ってる父から逃げるように来たその日からジパングの寒さには未だ慣れない。
「……さむ」
しかし僕ももう15であり、2年も経てば一人暮らしはお手の物。受験も見事志望校に合格して先行きも安定、父からの仕送りはむしろ過剰で2か月我慢すれば自転車のロードバイクのミドルグレードが買えるくらいだし、そこそこ新しいアパートであるココの隣部屋の妖狐(古里瀬)のお姉さんとか逆隣りのホルタウルスのお姉さんとかその他の住民の皆さんともいいお付き合いだし、本当に何も問題ない。
そう、問題ないはずだった。合格の知らせを父にしたその日までは。そうだ、あの日だ。どんなことがあったかというとこんな会話だったな、確か。
『何、志望校に合格っ?! おめでとうっ!』
『わー! おめでとうっ!』
『おめでとう!』
『これはめでたいっ!』
『おめでとうなっ!』
『おぉ、おめでとう!』
開口一番に父が、続いて声から察するにバイコーンの母に続きホルタウロスの母、ワーウルフの母、ワイバーンの母、刑部狸の母、最後にもっとも聞き覚えがある母の声。昔、父に聞いてみたらなんでも【ガンダルヴァ】というハーピーなのだそうだ。勿論、人間は僕と父だけなので皆義母だ。
「あ、ありがとうござ―――」
『よし、めでたいっ! そうだ、コチラから』
『お、そうだなっ! 姉であるあの子に祝いの品を持って行って貰おう』
「え、あ、はぁ…… 」
『ははっ、そらええな! 』
『うんうん、いいとおもいますぅ』
『ということでだ』
矢継ぎ早にワイバーンの母、ワーウルフの母、刑部狸の母、ホルタウロスの母とかわるがわるトントン拍子で話が進んであれよあれよと言う間にガンダルヴァの母の言葉でこう締めくくられてしまった。
『お姉ちゃんをそっち行かせるね』
という会話が2日前。それも夜にしたわけで、向こうの時間帯的に朝だったと思うが、後ろから艶のある声が響いていたからまぁそのアレだ。シていたんじゃなかろうか。報告の時に呆れ半分で聞いていたけど、やはり褒められ祝福されて嫌な気持ちにはならないものだと改めて思った。
そんなことを未だ布団から出れずに思い出していると不意に玄関から呼び鈴の音が聞こえた。このアパートは各部屋で少し違う音がするチャイムになっていてどこの部屋がなったのか間違わないよう親切設計されている。そう、今のチャイムは間違いなく僕の部屋のチャイムだ。眠たい目を擦りながら泣く泣く温もりを引きはがし、鉛のように重い足を引き摺って扉の前へ。眠い。
「はい、どちらです? 」
『あ、ミッ君の声だ♪ 久しぶり♪ 』
名を名乗らない来訪者は高く芯が通った声をしていてすぐに若い女性というのはわかった。というよりも、僕のあだ名であるミッ君と呼ぶのは家族でさえも一人しかいないからすぐさま誰だかわかったのでドアロックを全て外してそっと扉をあけた。
開かれた扉の先ではすごく良く目立つ橙色の羽根のハーピーが『やっぱり』などと僕を見て嬉しそうにしているんだけど、特徴がそのまんま母親と同じなんだよな。つまり目の前にいる【あい
#10084;(らぶ) ぶらざー】と胸がぱっつんぱっつんのティーシャツを着てグレーのデニム生地のホットポンツを穿いた彼女は僕の姉で間違いないってことだ。
「姉ちゃん、見てるコッチが寒い。色んな意味で」
「えっ、うそっ? コッチの国の字が入ったシャツ着てるけどコレ、このシャツが変なの? 」
「あー、えっと、うん」
玄関先でそんな自分の姿をくるりくるりと見下ろして今にも破れそうなシャツを翼の爪で指さす姉は可愛いかった。むしろそれだけスタイルが良くなっても昔と寸分も変わっていないのにびっくりした。ましてや家を出る2年前なんて普通のハーピーにしか見えなかったしね。
そんな自分が悶死しそうなほど愛らしい姉にこれ以上踊ってもらうのもアレなので「とりあえず入りなよ」ってすすめておいた。
「え、あ、ごめん。それじゃあミッ君の匂い部屋に……お邪魔します♪ 」
なんか恥ずかしい。匂い部屋って、においべやって何さっ。あ、でもこの頃受験の疲れが抜けなくて風呂がおざなりになってはいるけど、その、く、臭くないよね。多分大丈夫、と思いたいな。あぁでもお姉ちゃんガンダルヴァだから匂いに超が付くほど敏感なんだよなぁ。……大丈夫だよな、多分。そんな僕の心配をよそにワイバーンの母お手製の革鞄のリュックだろうものと自慢のきめ細かい尾翼をリズミカルに振りながらお姉ちゃんは僕の脇をすり抜けて一目散に奥の部屋に―――って、え!?
「あぁん♪ ミッ君の
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