『あかくもゆる』



「ふぅ、薪割り終わりっ」
「うむ。ご苦労様」
「背筋がしっかりしてきたな。これなら拳に力も入るだろう」
とある大陸の森の端と草原の合い間、親魔物領の一角。そこではちょうど切り株に斧を突き刺してその切り株に座る青年、その青年に対して喜びの声を上げて微笑んだ一組の夫婦がいた。
少年と男性は格闘家なのだろう、軽装にしては筋骨ともに確りとしており引き締まった体をしている。では彼女はと言うと二人よりさらに軽装、いやむしろちゃんとした服を着ていない。ビキニみたいなアイアンプレートの胸当てに申し訳程度のアンダーアーマー。しかし彼女は人ではないから仕方ないか。

「師匠達、次の段階の修行を教えていただけますか? 」
「良いだろう。妻と組み手をするからそこから何かを掴んでみなさい」
「見る。これも大事な修行さ。確りと私と旦那との組み手を見るんだよ」
虎。彼女は虎だ。人の姿をした虎である。魔物として言うなら人虎というらしい。かの夫婦はそういうと青年から少々間を開けてそこそこ広くなった場所へと瞬く間に移動し、それぞれが得意な構えをしたその途端に夫婦間に猛烈な熱気が発生した。陽炎が出来る程の熱気の元、二人は激しく体をぶつけ合う。文字道理、拳を交えて。

「ぉ、ぉぉ! 」
「おいおい、どうしたお前っ! 随分拳が遅くなってるじゃぁないか! 」
「抜かせぇ! 貴方こそ足技にキレがないぞ! それじゃあナマクラだっ! 」
そんな罵倒しあう夫婦に決して悪気はない。お互いがお互いを高みに行けるようにアドバイスをしあっているだけなのだから。そんな非人間級の武闘乱舞を見せられて果たして良い経験になるのだろうか。いや、なる。夫婦の試合をみる彼もまたもう人外の域にまで達しかけているからだ。

「……ふぅ、どうだ? 何か掴めたか? 」
「しかし、私達の組手に追いつく目を持つとはって毎回驚かされてるよ」
「いえ、見る事が出来てもできなければ意味がないので」
見る、見切る事に関して言えば実はもう夫婦と渡り合えるクラスなのだ。天性の才というものだろう。そんな彼らが昼にしようと動いた瞬間、それは聞こえてきた。


「あいや、待たれい。そこな青年」
「む、何者だ? 」
「お、何か私と同じ匂いがする……懐かしい匂いだ…… 」
気配をほとんど感じる事無く三人の裏、草原から一人の少女がふらりと現れたのだ。全員がその声に振り返り見れば、なるほど。人虎の彼女が懐かしいというのもうなづける。

独特の模様と丈を持つ服は確かにこの大陸ではまず見かけない。これは異世界から来た人間が残した絵巻によれば「チャイナ服」という服装らしい。ただ胸が強調されているのは魔物娘ゆえか。そう、魔物である。なぜなら肘から先や膝から先に炎を纏い、腰から先が燃えている尻尾や頭に乗っている大きなラージマウス耳をつけた人間がどこにいようか。

「青年、無礼は承知の上で頼みがある。私と一戦交えてはくれなんだ」
「僕、ですか? 」
「そうだ。そこの方々は夫婦であろう? 匂いでわかる。だがそれ以前に疲れがあるとお見受けする。それでは満足戦いは出来そうにないからな。対して青年、貴方は疲れていない上に中々の武才を持っているな? 流浪の旅をしている私だがここまで研ぎ澄まされた才は初めて見る。故に戦いたくなったのだ。いかがだろうか? 」
肩に担いだずた袋をそこらに投げ落とし、そっと彼女は拳を握って構えた。やる気は上々。
対して青年も一呼吸おいて彼女を一度見据える。すっと構える彼は奇しくも彼女と同じ格闘の構えだった。

「……馬鹿にしているのか? それともそれが本気の構えか? 」
「本気だ。挑まれた勝負に手を抜くほど僕は傲慢じゃないよ」
「ふっ、ますます戦いたくなったよ。私は火鼠の撥(ハツ)だ。一戦、挑み申すッッッ!! やぁぁぁ!!」
裂綿の気合い、とはこういうのだろう。名を告げた後、彼女は彼との距離を一気に詰めて初撃に蹴技にて首を狙ってきた。寸分たがわず脊髄を刈り込みに。対して彼がとった行動とは?

「っらぁ! 」
「っ!? なんと?!」
「っ!? 私の蹴りを躱した……っ!? 」
彼女の蹴りに片手の甲を当て、その蹴りの軌道をもっと上にしてズラした。その凶悪な強脚を紙一重で躱したのだ。驚きに染まるのは何も彼女だけじゃない。その場にいた人虎夫婦もまた彼の成長に驚きを隠せないでいる。

だがただ躱すだけならちょっとできる凡人だ。彼の場合、天賦の才がある。

「っとぉ! 」
「えっ!? きゃぁ!!?」
「なんとっ!? 足を取った!?」
カウンターとして彼はつい今しがた通過した足をつぶさにつかみあげてそのまま体の捻りを利用し、事もあろうに彼女をそのまま持ち上げて水飲み場のため池に向かって投げてしまったのだ。これには何よりまさか反撃されると思わなか
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