『雨の日の七夕』







晴れていれば良かったのに。
そんな嘆きが至る所から上がる、それが何かの記念日の常である。

「雨だな」
「うん、そうだね。どう見ても雨だね」
おばあちゃんが丸まった猫を抱いてホカホカしていそうな縁側に座布団二つ出してそれぞれ男の子と女の子が綺麗な正座をして座っていた。短パンにタンクトップの日焼け肌とまさに絵に描いたような健康少年の傍ら、ちょっと距離を置いて座る彼女はちょっと独特な出で立ちである。だがすぐ傍で寝ていた猫が彼女の前でニャンと甘い声で鳴き、撫でさせた後に何処かへ億劫そうに退避したのを見る限り嫌われたり怖がられたりはしていないようだ。

「折角の七夕なのに、ちょっと残念だなぁ」
「私はそうは思わないよ? 寧ろ雨の中ってなんかドキドキしちゃう」
尻尾みたいなピンクの物、というより塊が彼女の頭から被ってる大きな番傘からニョロリと出ては先端だけをフリフリ振らす。まるで尻尾のように。
そんな愛嬌ある行動するのは最近魔物娘化が確認されたばかりの付喪神の一種、唐傘おばけ。
尻尾のように扱っていたのは舌であった。
自在に動く舌をすぅっと自分の傘より外に出すと忽ちに舌は優しい雨のシャワーを浴びせられるわけだけど、やはり元が傘なだけあり嬉しいのか今にも鼻歌を口ずさみそうな笑顔である。見る者を惹きつけるキラキラと輝く彼女の笑顔を横目にチラリと少年は見てすぐに彼女が伸ばした舌の方、街の街灯で若干明るくなった雨の宵之宮中心街へと向けられたのだった。
仄かに小麦色に朱を差した頬をして。


湿り気を含んだ風が縁側に飾った笹を揺らす……。


「私、傘だけどさ……大切にされ過ぎて実際に差して貰えたのって君の時だけなんだ。君の父上も、御祖父様も、曾爺様も、もっと前のご先祖様も」
「え、そんなに前から? 」
「確かに工芸品としてある御上から承った物だったけど、まさかこんな時代になってやっと傘として使ってくれる人がいたなんて思いもしなかった」
正座していた彼女はそっと立ち上がるや縁側をトンとひとっ跳び。勿論、真正面を向いたまま立ち上がればその先は手入れの行き届いたごくありふれたジパング旧家の庭である。いつ吐いたのか一本歯の下駄でトトンと着地し、両手をいっぱい伸ばしてその場で独楽のようにくるりくるり、くるりくるり。

「お、俺は偶々ばあちゃんの蔵を漁っててお前を見つけて…… 」
「それで偶々降りだした雨に濡れたくなくて私を使った? 」
「お、おぅ……その後怒られたけどな。物凄く」
その時の痛みを思い出しているのか不意にしかめっ面になった少年は頭の頭頂部に手をあてて摩りだし、その時の様子を思い出しているのか唐傘おばけはクスクスと片手で口元を隠し腹を抱えてすこしだけ屈んだ。

「わ、笑うなよっ! 」
「ふ、ふふ、ご、ごめんごめん、っふふ! 」
「ぐ、ぅぅ! 」
あらあら、少年が不貞腐れて腕組みしてそっぽ向いてしまったよ。正座だったのは胡坐に代わってね。
彼女の方もちょっとやりすぎたかな等と思いながら泥跳ねも気にせず彼へと寄ればツンケンしてる彼が気付くより早く舌で縛り、そのまま自身の胸の中へ。

「っわぷっ!? 」
「ふふ、ごめんね? ちょっと笑いすぎたから……お・わ・び♪ 」
「わ、わわっ」
わざと傘を閉じた彼女は今、まさに今少年を抱きしめて雨の中に。
長い年月の果てに魔物娘化した彼女は図鑑の娘に比べ胸が一回り大きくなっており、少年はまさしく胸に埋もれる形となった。

「はい、ぎゅうってして♪ 」
「ぇ、ぁ、う、うん」
「ふふ♪ 素直、素直♪ 」
少年の服も雨を吸って肌にぴっちりになり、スケスケだった彼女の衣服は更に際どい事になっている。本来傘と言う無機物なので温度の無いはずの彼女の体温だが、何故か少年にとっては自然と暖まるような温かみを持っていた。

「……織姫と彦星はこうやって雨の日は抱き合えないから私は雨の日が好き。ううん、毎日君と会えるし一緒にいられるからお天気なんて関係ない。偶々、今日が七夕ってだけ」
「ん」
「……あの時私を使ってくれてありがとう。そのおかげで今、私はこうして君を抱きしめられるから、ね」
顔を上げた少年と顔を胸に埋もれた少年に向ける彼女、今視線が交差した。
どちらからともなく、少しずつ口と口の距離が縮まり……






「こりゃ! 風邪ひいちまぅぞ! はよぉ中に入りんしゃい!! 」






「うわぁ!? 」
「わひゃぁ?! 」
あと少しの所で家主であるお婆ちゃんに現実に呼び戻された二人であった。

「あと今日は白妖狐様から餅巾着を頂いてのぉ、鍋を作ったから着替えて卓につけぇな? 」
「お、おぅ! 」
「はーい! 」
数年前に不慮の事故(古里瀬家のせい)で妖狐化し妖艶な美しさを持った御婆さん、否、お姉さんは割烹着に
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