「アナター? 朝餉の支度ができましたよ?」
「ん? おぉ、もうこんな時間か……」
薪割りの途中だったのか、庭の一角にある大きな切り株に大鉈を打ち込み一つ大きく深呼吸をした男性。
その顎には白いひげがうっすらとは生えているものの肌のハリや頭に生える白髪のフサフサ具合は決して老人のそれでなく、寧ろ色が浅黒いこと以外は至って健康な30代にも見えなくもない。
紺の作務衣を着こなすその男性に話しかけてきたのは……
「はぃ、今日は珍しく洋食にしてみました。『おむらいす』というものらしいです」
「誰から教わったんだ? 君は料理、ジパング食しかつくれなかったじゃないか」
「はい? あぁ、それでしたらお隣のエキドナさんですよ♪」
男は「ほぅ?」と呟きながら方に掛けてある手拭いで汗を拭い、わざわざ縁側まで呼びに来てくれたその奥方にそっとより「いつもありがとうな」と毎朝欠かさず言うお礼を述べる。
しかし言われた側の奥方は毎度のことながら嬉しいようで、金色の4房の尻尾と天に向かって伸びている一対の耳を伏せてまぁなんとも嬉しそうな表情のこと。
尻尾もつられて4本ともにうごいているのがこれまた愛嬌がある。
「で、では手拭いはこちらへ。風呂の準備もできております」
「おぉ、すまないね! やはり君は私にとって過ぎた良妻だなあ……いつも本当にありがとう」
「あ、あぅ、そんな面と向かってお礼など……は、恥ずかしいですよ」
本当に恥ずかしいのか、尻尾が四本共に着物姿の彼女の裏側へべったりついてしまった。
さすがに男はこれ以上彼女を赤くさせるつもりなどないのですぐに彼女へ汗を拭った手拭いを預けてそそくさと風呂へと向かってしまうのだが、その彼を見送る彼女は口元に僅かばかりの笑みを作っていたが彼の知る由ではない。
「ふぅ、相変わらず良い湯だったよ」
「ありがとうございます! ささ、こちらの方へ」
「あ、あぁ……」
風呂から上り、彼女の待つジパング家屋のとある部屋(大陸でいうリビング)にある卓袱台の傍の畳へ腰を下ろせば彼女からの催促。
何故か彼女からヤル気がみなぎっているのだが……はたして?
「む、とても美味しそうだ」
「あ、ありがとうございます……あ、では『けちゃっぷ』で最後の仕上げを致しますね」
「ふむ? 聞きなれないものだな……ああ、では頼むよ」
彼の目の前には葉野菜の盛り合わせ、ケチャップのかかっていないオムライス、味噌汁のかわりか卵スープという朝ごはんにしては豪華すぎる食品たちが所狭しとならんでいるではないか。
彼が危うくスプーンでオムライスを切ろうとしたところで彼女は一度制止の声を上げて彼の食指をとめさせれば、彼女がすぐさま脇に置いてある小瓶の中身を小さいスプーンを使って彼の今まさに手を付けようとしていたソレへとかけ始めたのだ。
しかしどう見てもただケチャップを垂らしているにしては時間がかかり過ぎで、彼もそのことに疑問を持ったのか怪訝な表情をしたものの、彼女の「できました♪」の一言で全て納得したようだ。
なぜなら彼のオムライスにはこう言う『手紙』がかかれていたのだから。
『愛しいアナタへ。いつまでも愛しております』
彼が微笑みを向ければ、彼女もやはり微笑んでいた。
そしてお互いに同じような文をオムライスに書き示し、そのまま一言も発することなく食事に至るわけだが……
その空気はオムライスのようにふんわりとした柔らかなモノであったとさ。
【完】
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想