『不良妖狐ときままな買い物』

「何々、葱に豆腐に白滝に牛蒡に牛肉……今日はすき焼きですか白光様っ♪」
顔に笑顔をべったりと張り付けた妖狐が一人、長い長い神社の石段を軽快な下駄の音を響かせて。
太陽が中点に向かって登り始めるたばかりの時間に、やや速足で千早を纏う巫女さんが降っていく。
草履を履かずにカランコロンと鳴らす下駄、足取りに合わせてキラキラ輝くもの。
それは半分に切られた左耳に態々穴を開けてつけた輪っかになってる翠の石、翡翠でできた大陸でピアスと呼ばれる耳飾り。
……ここに住むことになった時に【白光(しかり)】という白い九尾の妖狐から送られた大切なものである。

鼻歌を歌って気分上々の妖狐さん、彼女の名前は【梅香(ばいか)】という。
紆余曲折を経てここに住んでいる彼女だが、気が付けば白光に続いて古株の部類に入っているのだから時間の流れは早いものである。

そんな梅香も今日、梅雨明けした後の珍しく晴ているこの日、盆地独特の湿気と気温を尻尾を湿らされて鬱陶しいと思いながら歩を進めていく。

ミンミンミンミンと喧しい蝉の声を背景に石段を下りきると、見えてくるのは木造建築の二階建ての宿屋の集合地。
朝から昼にかけてのこの時間にいる客などもういないので閑散としたものだ。
しかし、その風景は二つの丁目の境道を跨げばすぐに変わる。
あれだけ閑散としていた同じ道なのに、ちらほらと露店が出てきたからだ。
そしてその露店も歩けば歩いた分だけ増えていき、大通りの裏通りまできて見ればそれはもう足の踏み場もないほどに。

「おはようございます梅香さん!」
「おはようございます姉御っ!」
「おはよう梅香様!」
これから昼の刻に差し掛かるためにじりじりと太陽が元気になることで上がる気温。
先ほどより一段と焼かれる空気を肌と肺に感じて歩き続ける彼女に周りからは元気よく挨拶が飛んでくる。
…朝市が終わって昼市になる切り替わり時でもある。

ただの挨拶でしかないのだが彼女は必ず一つ一つの声に「おぅ!」「きばんなよ!」「おはようさん!」とちゃんと返すあたり律儀なのだろう。
その挨拶と喧騒の多い大通り、中央街道を歩いて材料を巡ろうと商店を除いていたところで彼女はちょっとした顔見知りを見つけた。
その顔見知りは辺りをきょろきょろと忙しなく首を振って何かを探し出そうとしているようで、首や体と一緒にふりふりと二本の細い尻尾や耳が動いているのはなんとも愛嬌たっぷりである。

「はぁ、またかぃな」
その顔見知りは本来この場所には絶対にいないはず、故に一緒にもう一人がどこかにいるはずである。
しかしながらそのもう一人の影は一向に見えない為、仕方なく彼女は落ち着かないその人物へと溜息を一つし話しかけることにしたようで。

「鈴歌(すずか)ぁ、また逃げたの? あの馬鹿花魁……」
「ぇ? あぁ、梅香さん! おは……おっと、こんにちはです。はぃぃ、またなんですよぉぉ」
「そう、またぁ」
馬鹿花魁と遊郭の最高位である誇りある称号の花魁に馬鹿をつけるなど不届きであるが、その関係者である2本の尻尾を持つネコマタの彼女はさして害した様子もなく妖狐の彼女にわんわん泣いてしがみ付いてきたのであった。
耳をぺたりと垂らせて尻尾を逆毛にするネコマタに対し「よぉしよし♪」と頭を撫でてそれを受け入れる妖狐である。
だが、実は大方の検討がついているのだ。
……しかし、妖狐もその花魁の事情を知っていて且つ花魁自体がその事を秘匿にしていることもあって今の今まで口を割ったことはない。

「たぶん……もうすぐお昼だからきっとそこらにいるんじゃないかな?」
「ぐすっ、と言いいますと?」
綺麗な着物で着飾っていても涙のせいで化粧がボロボロになっているのがわかっていないのか、顔を上げて妖狐を見るときには白粉がほとんどなくなっていた。
……涙交じりで声を上げたネコマタにちょっと胸の内がときめいた妖狐だった。

「ほら、きっと安芸(あき)のところじゃない?」
「……わ、わかりました! そっちに行ってみます!!」
「あ、化粧は直していきなさいよ?」
懐から懐紙を取り出してネコマタの彼女の目元を拭き上げる妖狐の尻尾はゆらりゆらり、と心の内を表すようにゆっくりと揺れて、ネコマタの方も「うにゃん♪」と嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
そうして「ありがとうございます」と言うお礼と共にネコマタは再び走り去ってしまったのだが、すぐにジョロウグモの化粧屋を見つけて駆け込んだのは余談である。

「さて、買い物の前にお昼を……ん? なんだあのデカい影」
「はいはい」とにこやかに手を振って見送った彼女は時間が時間だったのでお昼を取ろうと歩き出したのだが、不意に目の前の人垣から頭一つ飛び出る影を見つけて疑問の視線を向けてしまう。
……確かに、人や妖狐などから見て頭一つ分大き
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