「とぉ〜りゃんせぇ〜とうりゃんせぇ〜、っと!」
ジパングでいうところの春の日射しがとても心地よい気温と程よい湿り気を含む風が肌を撫でた。まさしく春うららのここは大陸の一都市、『キスフモー』と呼ばれる町へと続く複数ある街道の一本。ここで上機嫌に道を歩くのは見た目少年とも青年ともいえるなんとも微妙な背格好の男であり、その男の腰には短いカタナが一振りと円筒形の大きな入れ物が一つ。それと肩から吊り下げ鞄を持つように引っ掛けて持ち歩く…
ーーー漆塗りの巨大な黒い弓。
その大きさたるや、かの男が歩くその身長すら余裕で超えるもので…弓を斜めに肩へかけているのにも関わらず今にも弓の下端、下弭(しもはず)は地面に擦りつけられそうなほどである。
黒の弓の持ち手の上下、鳥打と大腰と呼ばれる部位に目を向ければなんとも美しい金の彫り物で『龍』があしらわれているのだ。きっと業物に違いない…。
と、武器の観察をしていたところで急遽男が道端の立て看板にて立ち止まってしまった。先ほどまでの鼻歌はなりを顰めてしまいただソコには柔らかく吹き付けるそよ風と、そのそよ風に煽られて今にも飛ばされそうな紙切れが…ポスターが一枚あるのみだ。
男は注視していた視線の先のものに手を出して毟り取り、それを読み進めるにつれて微笑だった顔が喜色満面に染まっていくのが見て取れる。
「…弓術大会…だって…っ! 面白そうだなぁ! よし、参加しようっっ♪」
思い立ったが吉日、男の行動力はまさに文字通りであった。肩にかけていた弓とズタ袋を担ぎなおしてその大会が開かれているという街『キフスモー』へとケンタウロスもかくや、という足で走り出したのである。…腰の筒からはカシャッと軽くて硬いもの同士がぶつかる音が引っきり無しに鳴っているのを聞くと矢であろうか。
…ガサッ…
ーーー…その男が去った道の脇、森の中から何か音がする?
男を追っていた視線をまた立て看板があった所へと戻せば、そこには先ほどまで居なかった人影があった。その人影は先の男を観察していたのか走り去った方角をずっと見つめており、太陽を反射してまるで砂金のように輝く美しい金髪を風が靡かせてもその下にある地獄の劫火を反射させたような緋色の瞳は一切揺るがない。
一体どれくらい見ているつもりか、と思っていた矢先にその人影は特徴的な長い耳を数回跳ねさせて病的なほどに色白な足をもと来た道へと伸ばしそのまま去ってしまおうとしているが…
「…ふん!」
鼻で一蹴した人影は森へ歩を進める度に自分の服の素材と同じ植物達に同化していき…気配が消えてしまったのだった。
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「あ、ここか? すいませーん、この大会ってここですかぁ?」
「ん? あ、はいはいココですよ。おぉ? 背が高いねぇ、アナタ。ギャラリー…って訳じゃなさそうね?」
「おぅ! ジパングじゃ珍しい長身だぜ! 参加者としてエントリーするんでっ!」
町に入って直ぐの場所にてこの大会の開催場所を教えてもらい、広い敷地の場所へと案内された男は不自然な場所にテーブルがあるのを見つけるとそこへ歩み寄っていく。そしてそこへ座る者がつけていた腕章を見れば『受付』と書いてあったので男は意気揚々とその受付嬢の8尾の妖狐へと声をかけたのだ。
対して妖狐のほうは名簿でも見ていたのか俯いていた顔を上げてずれた眼鏡を掛け直して男に向き直り…見上げた。存外に高かったからか声に出して驚いてしまったのに男はまるで慣れた様子で気にも止めていない。
そんな男の様子に愛想笑いで返した妖狐はテーブル下から一冊の本と羽ペンを取り出して男にペンを握らせ、男は深く腰を曲げてテーブルに置かれた本へと自然な動作でペンを走らせる。やがて腰を上げた男は「ほいよ」と妖狐へペンを返すのだが妖狐のほうは少し困惑気味に…
「ん? どうかしました?」
「あのぅ…ジパング語が読めないのでルビふって貰ってもいいですか?」
「え? あぁ、これは失礼! ついジパングに近いので大丈夫かと早とちりしていましたよ」
ハハッ、と笑いながら再びペンを握りなおした男は本に書かれた自分の名の脇にそっとこちらの文字を書き加えた。
【マサキ カゲトラ】
ーーー間崎 影虎。
そして持っていたペンを妖狐へと返すと妖狐のほうも「態々すいません」と会釈程度にお礼をして参加者が集まっている場所への行き方を教えた。男のほうも待っていました、と受付から一気に飛び出すようにして参加者待合所の方へと駆け出したのだ。
それを見ていた周りのギャラリーはまるで子供みたいな男に溜息と微笑を送ったのは言わずもがな。
「…うーん…あとはいないかなぁ?」
「…待て」
「ほぇ? …え、あぁ…ギャラリー…ではないわね。参加でしたら
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