『瀬田の唐は…し……???』


「…はぁ…やっばぃ…賭場で使いすぎちまったわぁ…」
 夕飯の準備の為に活気あふれる商店立ち並ぶ大通り、口に団子の串を銜えて天に顔を向け嘆きを漏らす無精ひげの男が一人。その男、服装をよくよく見れば…まぁなんとも小汚い上に裾の端なんぞ擦り切れてささくれだつ程だ。

「はぁ…平和すぎるなぁ…」
 ぼさぼさの伸び放題の髪を片手で、さも面倒くさそうに掻き毟りフケを撒き散らしながら意図せずして出来た花道を男はただ歩く。
 見ているだけでも不衛生な程の男の歩いた跡を振り返れば鼻をつまむアオオニの町娘や手で鼻の前を仰ぐ商人風の男がいる。…物陰からは蠅の化生である『あの魔物娘』がハァハァと荒い息と涎を出して今にも飛び出さんとしていた。

「…そんなにくせぇか…??」
 流石にその反応を見た男が不意に自分の袖口や肩の匂いをすんすんと嗅ぎ始めたが「…わかんねぇや」と一蹴して更に歩を進めだす。

「はぁ…あ、家賃もうそろそろか…まずぃなぁ…」
 だが目の前に大きな木造の橋桁が見える場所に差し掛かったときに急に立ち止まった男はこれまでもっとも大きな声を出して立ち止まってしまった。相変わらず顔をテンに向けたままで。

「ん〜…また山へ鹿狩りでも…うーん…」
 しかしその停止の時間はほんの数秒で終わり今度は首を前にずらしてろくに前を見ずして顎に手を当てうんうん唸り何か思案顔して歩き出してしまった。
 ただその目の前では何かあったのか人々が群れをなして囁きあっている…が、遠慮なしにその群集の中へ入って行くとまたここでも同じように余りの強烈な体臭に自然と人垣が二つに割れたのだ。
 そして男の進行方向、群集が集まっていた先を見ると…

うねうねと蠢く一匹の大蛇の胴体が横たわっていた。

 どうやらこの蛇の胴体が邪魔で且つどかしたら何をされるかわからないが為に出来た人垣だったようで。でもこの男、群集をとっくに抜けたと言うのに歩調を全く変えず進んでいくではないか。まさか…見ていないのか?

「あ、あんた! 前、前ぇっ!!」
「どうすっかな…鹿一頭じゃ足んねぇし…猪も一緒に…」
 ぶつくさ呟く男はやはり前なんぞ見ておらず、挙句には自分の世界に入っていたが為に周りの忠告すら聞こえなかったようで遠慮なしに進み続ける。
 ならば当然…

「はぁ…」
「あぁぁ!! み、皆逃げろっ!!」

ーーーぎゅぅぅっ!!ーーー

 手加減なしで大蛇の胴体を踏みしめるわけである。その男の愚行を予想した観衆のうちの誰かがとばっちりをうけたくない為に発した言葉が伝播して蜘蛛の子を散らすように物陰へと隠れだした。

≪ふみゅぅぅぅぅぅ!!!!???≫
 しかしその踏みつけられた大蛇はと言うとなんとも可愛らしい声で反応してくれたのだが…男はと言うと?

「…ん? なんか女子の声がした気が…?? まぁいい…うん、まずは…」
 男は一瞬だけ気に留めたようだがそのまま何事も無かったかのように歩を進め続けて橋の向こう側へ消えていってしまったのだ。

「ぁ、ぁ、あぁぁぁ…大蛇の祟りがぁっ!? み、みな散れっ!! 桑原っ! くわばらぁぁ!!」
「いやぁぁ!!」
「ひぃぃ!!??」
 対してその様子を遠めで見ていた者達は男と正反対に大慌て。忽ちのうちに橋一帯が無人と化すまでに時間はそれほど要さなかった。あと『あの魔物娘』の方もいつの間にか去っている。
 暫くしてネコマタ一匹いない閑散とした橋には力無く横たわる大蛇のみとなった。だがその大蛇の体がまるで靄が晴れるように急激に景色が変わっていき大蛇が元々横たわっていた場所には年端もいかぬ女の子が自分の下半身に当たる尻尾を抱えて佇んでいた。
 その女の子は大事そうに抱える尻尾を撫でつつも男が去った橋の向い側へと視線を投げかけていた…涙がいっぱいに溜まった瞳で。

「ヒッグ…エグッ…う、うむ…あや、つな…ら…グゥッ…うぅ…痛いのじゃぁ…エグッ…」
 よほど痛かったのか、泣くのを我慢して口をへの字にして歯を食いしばって。だが女の子はゆるゆると遅い動作で以って男が去った方向へと地面を這って移動をし始めると瞬く間にその体が宙へと浮き始めてその橋、『瀬田の唐橋』を後にしたのだった。

「うぅ…あ、あれ??」
 その女の子は徐々に高度を上げつつある人物を探しているのだが反応を見る限りあまり芳しくないようで、キョロキョロと首を忙しなく左右に振っていた。どうやら先ほど自分の下半身である蛇体を踏んだあの男を捜しているようだ。
 女の子は滑空して航行速度を上げていきながら男が進んだであろう30間(約54メートル)より先の道を更に細かく目配せして探し出すも中々見つけることができずにいる。

 果たして男はいったい何所へ行ったのだろうか?

 目を皿のようにして探していた女の子だっ
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