ーーーキーンコーンカーンコーン…
「はぁ…今年が終わっちゃったか…」
夕暮れ時の学校内の一室、生徒達の憩いの場でもあり有事の際に大いに役立ってくれた保健室という部屋の窓の片隅で沈み行く赤い太陽を肘を立てた手をあごに乗せて見続ける白衣の似合う美しい女性が一人。
近くの机には乱雑におかれた書類などの山の中に飲みかけのコーヒーがまだ湯気を立ててあり香しい香りからまだ淹れたてであるとわかる。
「…長かったなぁ…」
はぁ、と溜息を吐くその表情は憂いを帯びてはいるものの笑顔だ。
彼女は暫く何もしないで太陽を見続け、時折吹き込んでくる風に肩口までの銀髪を乱されつつも直さずただただ時間だけが過ぎていった。
ーーんっ…あふぅ…すぅすぅ…
「…?? 誰か寝ていたのかしら?」
しかしそんな憂鬱な彼女の背後、カーテンが引かれたベッド群の一つからシーツの衣擦れの音がすると上半身をピクリと動かして体全体を後ろへと向き直すと彼女の頭に乗っている赤いハイビスカスのような大きな花、それは彼女が動くたびにそよ風を受ける様に揺れ動く。
更に彼女は自身の下半身の殆どが入っている蕾の中から蔦を何本か出すとゆっくりと中の人を労わる様に静かにその僅かに聞こえた声の発生源であるカーテンを退き始める。
そのカーテンはそんなに長いレールを使っているわけではないのでその終わりはかなり早くやってきてしまい、中の人に否応無く赤々とした夕日の光が注がれることになり、案の定その人影はしかめっ面をしてベッドから眠そうに彼女へ視線を投げた。
「っんぅ…ま、眩しい…」
「こらこら、もう卒業式も終わったんだから…寝てないで家に帰りなさいな?」
はぁ、と彼女は溜息とともに腕を自慢の巨乳の前で組むとまた蔦を使ってその臥人の布団をゆっくりと剥いでいく。
すると出てきたのは背が幾分か小さい男の子であった。
…念のために言わせて貰うがここは高校である。
しかしその男の子は寝ている状態でも低いことが分かる位に低背であり、ざっと鯖読まないで160あるかないかだ。
なのでここでは『彼』と呼ばせていただこう。
「ン…はれ?」
「こら、しっかりしろ卒業生♪」
「あぅ…あ、華南(かなん)先生」
そんな彼が眠気眼を擦って深いまどろみの中から戻ったばかりの顔で太陽の方角を見ると短い銀髪を風に靡かせて彼を見つめる緑肌の蒼い瞳が2つ。
彼のことを「やっと起きたか…」と蔦を伸ばしてデコピンの要領で彼の額を払う動作でやさしめに叩いて彼の意識をまどろみの中から引き戻す彼女。
その顔には姉がヤンチャな弟を仕方なく、でも嬉しそうに宥めるような優しげな顔があった。
「はい、おそよう金城(きんじょう)君?」
「あぅあぅ…」
「もう…そんな顔しないの。はい、コーヒー」
ハッとした表情で時計を見た彼は自分が卒業式を終えて今までどうしていたかを思い出すと彼女へ申し訳なさそうに慌ててつつもなんとか謝罪の意を示したそうだった。
そんなテンパリ気味の彼にクスクスと失笑すると彼女は今まで飲んでいた自分のカップを蔦で器用に取り彼の前まで差し出すと彼もソレを手にそろそろと一口啜った。
…カップが他にもあるというのに。
だが。
「えとえと…卒業式が終わって…ちょっと気分が悪くなって保健室に来てそのまま…ぅぇ…に、に苦いです…」
「あら? そう? …じゃあ…」
今までの行動を更に口に出しながら現状を確認しつつ口にしたブラックコーヒーは彼には苦すぎたようである。
そんな彼のおこちゃま発言を聞いた彼女は最初キョトンとした表情だったが眉をハの字にして微笑むと「はい、どうぞ♪」と今まで手足代わりに使っていた蔦ではなくウツボカズラのような形をした黄色い蜜をたっぷり含んだ蔦を彼へ差し出す形で彼の前の空間に止める。
その意味を察した彼が顔をちょっと赤くしながらその蔦を卵を握るように優しく手元へ手繰り寄せるとそれを傾け始める…と、もちろん傾ければ中に入っている液が零れる訳だがそれは全てカップの中の黒い液体の中へ消えていく。
その最初の蜜が黒い湖面に波紋を作ると同時、途端に彼の鼻へ先ほどには無かった鼻の奥まで蕩けさせてしまいそうなほどに芳醇な甘い香りが漂い始めたではないか。
もうおわかりだと思うが彼の握っている蔦の大元、彼女の正体はアルラウネである。
「そんなに入れたら後が大変よ?」
「あ、甘党なもので大丈夫d…っ!?」
「あー…ほら、いわんこっちゃない」
彼が彼女の出来立ての蜜をカフェオレを作るときの牛乳の如く注ぎ込んだカップを見て彼女はちょっと困り顔をする。
しかし彼は彼女の優しい忠告を受けても止めなかったそのカップのコーヒーへ密の注入を止めて一口啜ると途端に背筋が自然と直立となり硬直してしまう。
アルラウネの蜜。適量であれば砂糖より甘い甘味として
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