『人助け? いいえ、偶々そうなっただけです。』


「ふぃ〜…今日の仕事も粗方片付いたかね…」
ここはジパングの一角。
春の日和が生き物達を活発化させる時期のこと。
箱に詰めた薬や刀剣や果実などをたっぷりと詰め込んだ木箱をヨイショ、と背に担ぐモノが一人。
ただ広いだけで周りに民家どころか廃屋のようなものすらない街道の一角を歩き出すその影は決して人とは言えない異形のものであるが如何せん人がいないのだから誰一人としてそれを気にするものは無い。

「明日の下ごしらえでも…障子屋で和紙を売って…あぁ、和紙屋に良い樹皮を売りつけんと…」
ブツブツと独り言を話して俯きながらお天道様の下を堂々と歩くその様。
時折顔を上げれば実に誇らしげな表情である。

「むぅ…今日の内に仕入れを…ん?」
そんな真剣な顔つき(言い方をかえれば三白眼である。)の彼女の進行方向に一組の魔物娘の夫婦がいたのだが彼女は夫婦が気づくより早く気づいたようで…

「…商売の足しにするか」
獲物を見つけた獣の目でそれを見やるとムスッとした顔からニコッと人懐っこいものに変えただけで柔和な雰囲気になりそろそろとその夫婦へと近づいていく。

「こんにちは〜、何か入用はございませんか?」
「ん? あら、狸さん?」
「お、商売人か…何を扱っているんで?」
その笑顔にやられたのか夫婦は対して警戒もせずに彼女へと視線と興味を向けると販売物を探り始めた。

「一通りございますよ? …例えば稲荷寿司ですとか。」
「っ!(ピクン」
「へぇ〜? 中々日持ちしないはずだけど…」
彼女は確かに何でも売っている。
ただし食料に関しては買ったものではなく自分の食料であるが…

その彼女から出た魅惑の食料に頭の上の耳をピンと立たせて反応する夫婦の奥方はやはり稲荷か妖狐のようで。

「あとは…かの有名な妖狐【玉藻の前】が愛用していた化粧h」
「私は稲荷です! 妖狐と一緒にしないでいただけますか?」
「これは失礼。でしたら…」
内心「めんどくせぇ…」と悪態をつきながらもそつなく商売をこなしていく彼女。
どんな客の要望にもこたえるあたり、まさに商人と呼ぶにふさわしい。

「では毎度ありっ!」
「助かったよ。」
「…ねぇ狸さん?」
やがて幾つかの商品を購入した夫に対して彼女は上っ面だけの感謝を述べるとその彼女をジーッと見つめていた稲荷の若奥さんに声をかけられた。
彼女としてはこのまま別れて次の商売のための下準備をしようと考えたところであってその声は予想外である。

「は、はい? なんでしょうか?」
「あなた…夫さんいないのかしら?」
「…どういう意味で?」
最初こそ愛想笑いをしていたが稲荷からその言葉を聴いた瞬間…彼女は素に戻った。
和やかな雰囲気だった彼女は一変して刺々しい気を放ちつつ言葉を静かに返す。

稲荷の夫はその気に当てられて卒倒はしなくともヘナヘナと尻から地面に力なく座り込んでしまった。

「いえ、これはお節介かもしれないですが…これだけ商才がおありだと気苦労が絶えなさそうなので…心の支えを作ったほうがよろしいですよ?」
「ご忠告痛み入ります。…ですが私は生まれて親元を離れてこの方恋愛に興味はありませんので。きっとこれからも…」
「…そう…ですか。貴女に良き出会いがありますように」
その稲荷の言葉は彼女を気遣っての言葉だったようだが彼女が尻尾をブルッと一回震わせて稲荷へ一礼するも「大きなお世話です。」の意味をこめた返事をすると稲荷のほうは耳を曲げてシュンとしてしまう。

「…では失礼いたします」
ペコリと更に一礼して彼女はその夫婦を後にするのであった。

「…あ、先にアイツの店寄って行くか…掘り出しモノがあるかもしれんしな…」
ブツブツと再び呟き出した彼女は稲荷夫婦とさほど距離を置かずして冒頭のように俯いて歩を進めている。





「…流石、刑部狸(ぎょうぶだぬき)ですね。金銭を優先とは…願わくば彼女に素敵な出会いがあらんことを」





稲荷は遠くなっていく彼女に決して聞こえない位小さな呟きを春風に乗せてそっともらしたのであった……。

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「おぃ! おめぇさっさと働きに行けやっ!」
「や、やめてアンタ! 」
ここは彼女がいた場所から先にあるとある集落の一角。
その家では主人らしき男が昼間から酒を呑みもうすでに出来上がっているのか顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らしている。
その男を止めるように何度も酒を取り上げようとするもその度に暴力を振られ今では青痣が体中に絶え間なく作られた女がまた男から酒瓶を取り払おうと躍起になっていた。

そして今その男に「おめぇ」と言われた彼は見る人が見れば随分とやせ細っておりお世辞にも発育が良いとはいえなかった…
そんな彼はほとんど言葉を発することなくその家の玄関のほうへ歩き出し定位
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