『私が人間を辞めた時・・・』





「私はただの人間から…妖狐になりました。恐らく原因はあの日かな……」
薄暗い部屋で匿名希望で取材に望んでいただいたのは【垣根(かきね) マコト】さん(仮)である。
今ではすっかり金髪の見目麗しく、ふわふわの尻尾とふんわりしている耳をした妖狐であるが元々彼女は人間だった。
そんな彼女はどのようにして今の妖狐になったのか、その特殊な体験を匿名という条件で取材に応じていただき、それを元にわれわれが再現を施して見ました……。



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「ふぅ、おつかれぇ〜」
「おつかれさーん!」
その日の彼女はいつも勤めている『狐路〜きつねみち〜』という飲食店にて働いて帰る準備を整えて店を出た。
その店の従業員の中で数少ない人間の彼女は店主である安芸(あき)の気遣いでよく気にかけてもらっており、彼女はちょっと体調が優れないと相談したところこの時間…やっと太陽が紅くなり始めて地平線に向けて沈み始めたくらいの時間にアガリをもらったのだ。

しかし少し歩を進ませたところで突如薄暗くなった空模様になにやら夕立の気配が……。

「はぁ〜帰って溜まった本の消化を(ポツッ)…ん? ……げげっ!?」
その日の天気予報では雨は降らないと断言されていた彼女にとってまさかまさかの夕立に遭遇してしまう。
仕方なしに彼女は手に提げた学校指定の大き目の革鞄を臨時の傘にし走って家まで帰ろうとする。


彼女の周りにはやはり同じことを考えていた者がおり…

ーーカバンと自分の尻尾で臨時の合羽を作って商店街の軒先に駆け込む妖狐。

ーースーツを着た男性から傘を差し出されてその傘を押し引きし終いにはその男性とともにアイアイ傘をする形で共に恥ずかしそうにする稲荷。

ーー相方のぬれおなごと共にズブ濡れになる夫婦。

ーー気の強そうなドラゴンの娘が傍にいた年若い少年とも言える子供たちに自慢の羽を広げて雨宿りさせてあげていたり。

…親魔物領の、ましてやジパングの生き様が垣間見れるその大きく整備された大通りを近場の駅まで走る彼女。
だが彼女が走れば走るほどに雨の勢いは酷くなり、数秒もするともうそれは痛いという感覚が酷く残るくらいの衝撃を肩に当ててくるようになった。


実際この日の瞬間雨量は過去最高のもので洪水も危惧されたが有志で集った宵ノ宮在住の龍やウンディーネ夫妻によりそれは回避されたのだった……。


「い゛だだだっ!? もぅ! これじゃ走れないじゃないっ! …んー、どこかに雨宿り…あ、古里瀬さん家の軒先を借りよう。」
先に述べた衝撃の雨にさすがに若い体育会系の彼女でも堪えて少し先に見えた白壁の大きな家…この街で最大の大富豪である妖狐一家・古里瀬家の軒先を借りることにしたのだ。

「っぁ! …ふぅ…(電車は一本遅らせるかぁ…)」
走りこむ…否。滑り込むようにしてちょうどいいポイントへと体を壁に当てて停止すると掲げていたカバンを下ろし中身をまさぐる彼女はそこからちょっと濡れたスポーツ用タオルを抜き取って顔や肌の雨をふき取る。




ーー …とこ…シたい…… ーー




「…?? 今、なんか聞こえたような…?」
顔を拭いて一息ついたとき彼女は背後のほうから誰かに呼ばれた気がした。
しかし彼女がゆっくりと振り返って見てもそこには重厚な白壁があるだけでそこから先を見ることはできない。




ーー …シたい……シたい…… ーー




「っ! やっぱり聞こえる!?(あ! そういえば…)」
思わず声を上げて驚く彼女。
しかしそれは仕方の無いことだった。
なぜなら先ほどと同じ声がさっきよりも強く彼女の耳に語りかけるように声を発していたのだから。
しかしいくら凝視してもやはり壁。
そんなとき彼女は何故か学校で囁かれてた噂話を思い出した。


ーーー『いい? 絶対に人間の女の子は古里瀬宅近辺に寄っちゃダメよ? 』ーーー


友人であるスフィンクスにそう聞かされたのを……。


「…。」
そのことを思い出した彼女は今すぐにでもこの場を離れたかったが針のように刺す雨がそれを許さなかった。




ーー …あ、カラダ…みつけたぁ♪ ーー




彼女に囁くその呟きが、まさに耳元で発したかのようにすぐ近くにやってきた。
…いや、やってきて【そこにいた】。

彼女は姿が見えないそれに心情が恐怖一色で染まり次第に体がガクガクと震え始める。
そんな彼女を知ってか知らずか声の主はゆっくりと…


   …ぽぅっ


ーーー …彼女の後ろから現れた。


「ひ、ひぃぃ!?」
予想外の場所からの出現により壁ばかりみていた彼女は振り向きざまに尻餅をつくとその声の主を見上げるような形で止まった。
…声も、呼吸も。

「うふふ…オネエさん…体、カシテ?」

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