『○○○○と呼ばないで・・・』



「はぁ…(とうとう私だけになっちゃったのね…独身は…)」
ガタンゴトンと揺れ動く冷房が程よくかかっている電車と言う密室の中にて朝方の通勤ラッシュの言葉どおりギュウギュウに詰められ物思いに耽る女性が一人。
悩ましい顔には艶があり、とても重々しい溜息をついてつり革にぶら下がるその様は妙に色っぽい。
その彼女は他の客、ましてや男性よりも高い位置に頭がありその後ろからは周りの他の客に対して申し訳ないくらいの巨躯…馬身があった。

そう、彼女はケンタウロス種である。
真っ白な髪を後ろで束ねて肩甲骨まで垂らし、白緑(びゃくろく)色の体毛、そして額に角…ユニコーンである。

だがこの世界にて魔物は彼女だけではない。
彼女の周りをグルリと見渡せばワーウルフ、河童、ネコマタ、果てはラミアと多種多様な魔物娘が同じ車両に乗り込んで彼女と同じくギュウギュウ詰めにあっているのだ。。

…あ、ネット部分に自然とつぼまじんとミミックもいる。


「はぁ…(そもそもどうしてあんなメールを寄越すのよっ!)」
夏まであと一歩と言う梅雨明けして間もなくのこの時期に彼女が勤める病院の独身看護婦の最後の仲間から昨日の夜に彼女宛てに来たメールの文面を見て彼女は凍りついた。




『彼氏ができました♪ んで彼氏から犯してもらっちゃった♪』




「…。(うぅぅ! 仲間だと、仲間だと思ったのにぃッ!)」
【独身仲間】が脱落した瞬間だった。
…ちなみにその夜、彼女は声を殺して枕を濡らしたとさ。

そして朝が来てろくに睡眠をとらず今に至る、というわけである。

「はぁ…うっ、ぬ、温い風が…」
そんな割れ物注意な彼女のハートをバッキバキに割っていった仕事仲間に心の中で愚痴を言っていると列車が停止して熱気の篭る車内へ涼風を招き入れる為のドアが開く。

『古里瀬北〜古里瀬北〜』
「…はっ!? お、降りまーす!!」
続けて聞こえるアナウンスに彼女は一瞬止まりすぐさま大声で降車の意を高々と周囲に宣言すると皆そこは慣れた者ですぐに道を明けて彼女が降り易い様にモーセの如く分かれていく。
彼女事態は降り口が背中側だったので周りの人々に「ごめんなさい、失礼します…」とペコリペコリと頭を下げつつバックで扉の外へと歩を急ぎ進ませて発車ベルが鳴る前に全身を列車から下ろすことに成功し…

ドン!

「わわわっ!?」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!?」
…なかった。

プシューー…ガタン。
あと一歩と言うところで肩に下げていたバックが近くにいた男性を巻き込んでしまいその男性もろとも下車すると同時に列車の扉は無情にもしまって…

プァ〜〜ン…

『あ。』
二人の声が揃って出たところで列車は甲高い汽笛を一拍鳴らすと走り出してしまうのであった。
彼女は目的の駅だったから良いものの彼はどうだろうか。

「ご、ごごご、御免なさいっ!!」
「あー…いえ、お気になさらずに。どうせ次の駅で降りる予定でしたから。」
列車を降りるとき以上に頭を平伏させることで必死に謝る彼女に対してちょっと困った顔をする彼は手を翳して笑って彼女の失態を許したのであった。

「ではこれで…また機会がありましたら。では…」
「あ…」
彼は彼女の失敗をとがめる事無くキラリと額に汗を垂らしながらその場を駅の改札へ向けて走り去ってしまったのであった。
そんな彼を見つめていた彼女だったが…

「はぁ…考え事しながらは危険ね……ん?」
バッグを肩に掛けなおしまた溜息を一つ吐いて視線を落としたところに何やら見慣れぬハンカチが一枚。
何事も無しに彼女はそのハンカチを拾い上げたところふわりと香るは洗いたての洗剤のような香りともう一つ。

「っ! …クンカクンカ! …ま、間違いないっ! あの人のものだわ!!」
胸の前で持っていたハンカチから香る潜在以外の匂いを敏感に感じ取った彼女は人目も憚らずそのハンカチを鼻が潰れるほど顔に押し付けて鼻腔いっぱいにその匂いを感じて一言。

そう、そのハンカチは彼女に押し出された際に運よく(いや、悪く?)彼の腰ポケットから落ちてしまったのだ。
その落とすまでの間は彼の腰ポケットに入っていたのだからそれは匂うはずである。

「…クンカクンカ…んっ!?…ペロッ…この汗の味は…童貞ですね…キタコレッ!」

「ママ? あのお姉さん…」
「こら! そっとしておいてあげなさい、ね?」

今度は匂いだけでなく僅かに汗で濡れたそのハンカチをペロリと一舐め。
それによりユニコーン独自の童貞センサーがつぶさにハンカチの持ち主である男性が童貞であることを見抜くと彼女のテンションは異常なほど上がっていく。
…周りのヒソヒソ声が聞こえないくらい。



「縁なしのオシャレ眼鏡の…ピシッときめたスーツ…そして童貞…ハァハァ!」



…あ、すい
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