「…。」
ここは宵ノ宮の住宅の一つの家、子供はもう寝なければいけないほどの夜半のこと。
その家のとある部屋にて薄暗い蛍光灯に照らされた壁に飾った服
のらりを無表情で見つめる女性がいた。
「…明日は成人式、か。」
彼女はそんな呟きと共に目を瞑り溜息を一つ吐くと再びゆっくりと酷く緩慢な動きで瞼を上げて耳をピンと立てながらその服、【振袖】をしげしげと見つめる。
「…長かった、8年と10ヶ月15時間30分前のあの時に受けた衝撃。今でも忘れないぞ…アイツに逢ってからっ!」
ギュッ、と胸前に持ってきた彼女の種族特有のモフモフした手をガッツポーズのように握り決意を固めたその目にはまるで炎が揺らめくのではないかと言うほどに燃え上がっているのがありありと分かった。
「親の都合で大陸から越してきて右も左も分からない私に事細かに親切にしてくれたあの時から…いや、教壇に立って挨拶したあの時からっ!」
握り拳のまま彼女は穴が開いてしまうのではないかというほど振袖に対して熱の篭った視線で見続ける。
…尻尾はブルッと激しく揺らして。
「幾度も告白のチャンスがあったのにことごとく邪魔が入って失敗してしまっていたが…待っていろ、貞義(さだよし)っ! 絶対に私は明日お前を夫にしてみせるっ!」
酷く興奮した彼女はほとんど叫ぶようにして力強く誰に言うでもなく宣言すると着ていたワンピース…というよりネグリジェを翻して暖房の効いた部屋の明かりを消してベッドに横になってその日は眠りにつくのであった。
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そして当日。
まだ日があけて間もない為に体の心から底冷えする気温の中魔物、人問わず市立の総合運動施設内の宵ノ宮市で一番大きな建造物へゾクゾクと集まっていく。
「ふぁ〜…だるいわぁ…」
眠り目を擦りながら桃色の振袖に袖を通したピクシー。
「…終わったら家に来る?」
「っ…うん♪」
彼だろうと思われる男性と嬉しそうに紺色の振袖に袖を通して二人仲良く手を繋いで来たドッペルゲンガー。
「ちょ、ちょっと二人とも?! 歩きづらい…」
「速く成人式終わらせて…」
「たっぷりと可愛がってくださいまし♪」
黄色の振袖の二人の女性に挟まれるようにしてやってきた男性の両脇は天に向かって聳え立つ耳とそれぞれ腰から3本のフサフサな金色の尻尾があり妖狐か稲荷と思われる。
「ぅぁ〜…」
「お前はゾンビか? てか、大丈夫か?」
「う、さ、寒い…このまま…冬眠…」
翠色の振袖の上から幾重にも重ねた防寒着の端と振袖のお尻からから垂れ下がった尻尾からリザードマンと推測する彼女に心配そうに声をかける男性。
…彼女のほうは本当に今にも寝てしまいそうなほど足元がフラフラだ。
「へ、へっくしゅん!」
「あらら…大丈夫?(シュルル」
「っ! あ、ありがとう…」
尻尾が二本あるワーキャット…ネコマタの彼女は淡い桃色の振袖でちょっと寒そうにしている隣の彼の首元に自分の尻尾を器用に絡ませてより密着している。
「…なんか空しい。」
「奇遇ね、古里瀬さん。アタシもよ…」
青い振袖の妖狐は一人さびしく会場に入ろうとすると後ろから肩をポン、と叩かれそちらに振り向くとなんとも言えない表情をしたラミアの女性が…
二人は何か通じるものがあったのか視線を数秒交わすと微笑みあって二人肩で腕を組み合って並べて会場のなかへと消えていった。
そして…
「おはよう。」
「ん? おぉ、おはようさn………アヌビスなのに和服が中々様になっているじゃないか、オリビア。」
「っ! ほ、褒めても何も出さんぞ? 貞義。」
会場内のとある一角にスーツできめた男性数人がたむろっていたその場所へ漆を塗ったような黒い毛並みの彼女がその集団に混ざっていた目的の男性に挨拶をする。
するとそれに気を利かせた男性が不意に彼女の目的の男性との話題を断ち切って別な集団の輪へ加わろうと移動を開始した。
…終始笑顔で。
そしてその男性は挨拶もそこそこに彼女へと向き直ると一瞬だけ時が止まる。
ピンと立った鋭角な三角形の黒い耳、その耳の左右で細い三つ編みに編んだ髪をグルグルとお団子に丸めて肉球を模した可愛らしい髪飾りで止めている。
薄い化粧を施した仏頂面から視線を浅黒い肌のうなじに写しつつ視線を下げれば薄縹(うすはなだ)色をベースとした振袖に鶴が描かれていた。
何より彼女ら特有の黒い大きな手は決して違和感を与える事無くそのデザインに収まっているあたりこの服を選んだ人のセンスが窺える。
後ろ側からチラチラと見える嬉しそうに揺れる尻尾をみると何処かしらに尻尾穴があいているのだろう。
そのまま視線を一番下、足元へ移せば彼女らの種族に合わせて作った特大の足袋とこれまた特大のこっぽりをはいていた。
…黒漆のこっぽ
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