「…うっ、さぶっ!?」
市庁舎を出てすっかり夜空になっている空の下、暗がりの街灯の下を些か早歩きにてとある方面へ向けて歩き行く黒い妖狐が一匹。
数分歩くと車のライトが眩しい大きな街道に突き当たり、昔のジパングの主要道の名残が色濃く残るその街道の歩道を「はぁ。」と白い息を吐きながらもただ只管に歩く。
世間一般ではクリスマス・イヴといわれるこの日。
だが市庁舎から出てきた所を見ると彼女は公務員らしい…それにしてはやけに遅い時間に外に出たあたり残業だったのだろう。
クリスマスムードが冷めない街道の道すがらに何件も連なるうちの何かの店のショーウィンドウに写る妖狐の姿はと言うと…黒いピッチリとした女性にしては珍しいズボンタイプのスーツをクールに着こなしておりその上にこれまた黒いダッフルコートを着込んだ姿だった。
誰が見ても確実に振り向くであろう程の濃くしっとりとしている黒髪、腰より出でるは仕事の邪魔にならない様普段小さくしまわれていた尻尾がこれでもかと言うくらいに大きく膨れて毛艶の良い堂々とした威厳を振りまいている。
だが結局その尻尾は器用に腰に数本と腹に数本、そして残りは全てコートの中へ…。
さらには耳をペタンと閉じて「ふぃ〜♪」声を漏らす始末。
そのちょっと情け無いところを見る限りはどうもただの防寒対策のようで。
再び視線を外に向ければ、大きな街道沿いだけあってそこ等かしこに飲食店が並んでいるのがみて取れるがその黒い妖狐はそれらには全く見向きもせずにただただ歩く。
(『モフバーガー』『ロリソン』『スカイファック』と全国的に名の知れたどこか見たことある店が…)
やがて街灯の数も疎らになっていくと徐々に店の数も減っていき、やがて星が優しく照らすほど照明が落ち着いた閑静な住宅街に景色が切り替わるも尚進む。
だが暫く進んだところでその足がピタリと止まり…
「うーん…相変わらず分かりづらい場所にあるわね…安芸さんの店は。」
その足を止めた先にあるもの…手作り感の漂う白木枠の黒板がはめ込まれたA看板には白いチョークで『狐路〜きつねのみち〜』と気持ち程度の、しかし決して嫌味でないほどの明るさで照らされ上品さすら漂う一軒の料理店があった。
黒い妖狐をそれを見つけて嬉しそうに溜息を吐いて引き違いになっている引き戸へ手を掛けて一気に且つ上品に扉を開ける。
ガラガラ…
「いらっしゃいま…あら? 御奉行様、いらっしゃい。」
「むぅ…安芸(あき)さぁ〜ん、その呼び名はもう無いでしょうに…」
「うふふ♪ 御免なさいね? この呼び方が定着しちゃってね。」
禮前。
宵ノ宮がまだ武士の活躍していた時代から御奉行様として市民に慕われており近代化に伴い絶大の支持と絶対の信頼の元、司法行政も一任されることとなり今年で市長就任80年目を迎えるにいたる。
娘は3人、夫もいるにはいるが…それは後ほど分かるだろう。
皮肉たっぷりに禮前を出迎えたのは天色と白の上着の袖をたくし上げて襷で縛り藍色の矢紋袴と言ういでたちの妖狐…安芸だった。
お盆を抱えるようにして持ち禮前の方へ歩み寄った安芸は「どうぞこちらに。」と数脚あるうちのひとつのテーブルへと禮前を座らせ営業スマイルで注文をとる。
「何になさいます? 」
「勿論【狐の薬膳】で。…葛きりは賽の目にして。」
「あら、ふふふ♪ 畏まりました。この時期は生姜汁と沢庵だけどいいかしら?」
笑顔で問う安芸に禮前も負けないくらいの笑顔でニンマリとしながら「問題ない♪」と返すと「うふふ♪」と一笑して安芸は調理場へと戻っていったのであった。
「…ふふ、安芸さんは相変わらずだなぁ。」
「そうなのよねぇ〜、安芸ったらあんななのに夫いないって言うんだもの…勿体無いわねぇ〜。」
「え、…あ。」
その様子を暫し眺めていた禮前に後ろからちょっと珍しい人から声がかかる。
そのちょっと人を小ばかにしたようなしゃべり方は禮前の中でも数人しかおらず、且つ鈴がカランとなるように芯の通った独特の声はその数人の中でも更に限られて…
振り向いた先のモサモサした尻尾を持つのは果たして一人だけであった。
「梨花さん…どうして貴女がここへ?」
「そんなに珍しい? 」
「えぇ、とても。…といっても私も数年ぶりの来店ですけどね。」
古里瀬梨花。
この宵ノ宮の中で一番の大金持ちで大豪邸に腰を据え、且つ超高額納税者である。
…ちなみにこの街の2割ほどは古里瀬家絡みの税収入で賄っているのだから恐ろしき古里瀬家の懐事情。
娘は50人。各方面で活躍中であり、現在51人目が腹の中にいる…うん、やりすぎ。
そんないつからいたのか分からない彼女は狐色の言葉がぴったりな腰まで伸ばした髪をさっ、とかき上げて禮膳の後ろに立っていたが極自然に禮前の席の向かいへ
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