「……」
誰も居ない暗い部屋。
いや、居ないと思われた部屋でガサッと動く影一つ。
無言で綺麗に整理整頓された部屋の絨毯に横になり顔を涙でグシャグシャにした一人の男が真っ赤に充血した目で日が傾き、夜の闇というカーテンを引いていく空を濁った瞳で見つめている。
ただただ見つめている。
その男の身なりは黒の喪服であり近くのテーブルには飾りガラスの割れた写真立てが立っていてさらに近くの床の上には無造作に鎧が放り投げてある。
___あの時の二人輝いていた。
「…エルザ…」
まるで死人のようになっている男がやっと言葉を発したかと思えばそれは女性の名前であった。
エルザ。
偶然にも写真立てに写る幸せそうに微笑む女性の上に『エルザ&トミー』とサインがあるのを見る限りこの写真の女性がそうなのだろう。
___この恋は永遠と思っていた。
「…どうして…僕を残して逝ってしまったんだよ…」
枯れたはずの瞳から再び一筋の涙が…
___僕の隣に君はもう居ない…っ! 君は隣には…もう…っっ!!
「……ぅ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーー!! 」
男はまるで発狂したかのように顔を両手で覆いまるで獣の様な雄叫びと共に再びその目を悲しみ一色に染めて大粒の涙を流し床の上を暴れ回る。
やがてその情緒不安定な男は暴れたことの疲れと精神的な疲労が祟って深い深い眠りへとついてしまう。
夜の星々と共に……
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___今まで見た事ない泣き顔を見て僕は君の手を握ってた。
『ふ、ぅぅ…ト、トミーぃ…ゴメン、なざ、い゛…も゛ぅ゛…』
『エルザっ! しっかりしろっ! 手を握っててやるから、な?!』
(…これは? あぁ、また僕は彼女の死に際を見なければいけないのか…っ!)
夢の中でさえ彼は悲しみから逃れられないようだ。
ベッドに横たわる女性はエルザに違いないがその顔は見るも無残なほど痩せこけていて白い肌は文字通り病的な真っ白であり、時折咳き込むとその口に当てた手には夥しい血がベットリと付き、その綺麗なアメジストのような綺麗な紫の瞳は濁りきっていて果たして正常な視力を保っているか怪しい程である。
そんな状態の彼女ではあったが彼の声がするほうへ顔ごと向けて無理な笑顔をする、それはそれは見ていて痛ましい程に健気に。
しかし彼はそんな事などお構い無しに彼女の手を握り少しでも安心させようとする。
その彼の優しさのせいか。
彼女は無理強いして作った笑顔が一気に崩れて彼の手に泣きすがるように顔を擦り付ける。
___この手を離せばもう逢えない。君と笑顔で別れたいから言う…
『ヒグッ…ま゛だ…トミーど……い゛っばい゛、話じたがっだ、けど…もうお迎え゛が…』
『エルザ?! ぐっ、力でゴメンよっ…もっと早く病気に気付いてやれれば…っっ!』
『グズッ…ズズッ……うぅん、い、今まで有難う、トミー。願わく、ば…来世で…も…』
呼吸がし辛いのか彼女は悲しみの涙を出し切ると汗や涙でグシャグシャになった顔をゆっくりと上げてトミーへもうほとんど見えなくなった紫の瞳を向けて【最後に】こういったのだ。
___……マタ、アイマショウ?……
ベッドの上で今まで握っていた温もりのあった彼女の手がスルリと彼の手から滑り落ちて変わりに彼女の上半身が彼へと凭れ掛かる。
幾分軽くなった彼女をしっかりと抱きかかえて彼は涙を堪えていた顔を一気に破顔して大声を上げて泣いた。
泣きながらも彼は…
___マタ、アイマショウ。……
と、より一層彼女を強く抱き濁音だらけの声であったがしっかりと彼女のもう聞こえなくなった耳へとその言葉を届けた…
次の瞬間。
病室の一室だったであろう場面が霞みかかったようにぼやけていき、やがてその霞が晴れて周りの景色がはっきりしてくる。
次に出てきた場面はどうやら現実世界で彼の今横たわる家の玄関のようだ。
朝の眩しい光と共に彼は白銀に輝く鎧を纏い、甲斐甲斐しく剣を小脇に抱える彼女から剣を預かる。
___君の前では強く優しく頼られたかった。正しく。負けず嫌いで強がる芝居もして最後の最後も素直になれなかった。あなたの言葉に涙し、あなたの言葉で励まされた。
『ではいってくる。エルザ、留守を頼む。』
『まかせて。トミーの居ない間は元騎士のわたしが守るわ♪』
(やめろ、お願いだ…もうこれ以上彼女の夢を見せないでくれっ!)
むふん、と鼻息がありありと感じ取れそうなほどの仁王立ちで送り出す彼女へ彼はそっけない態度をとるもその顔は笑顔でいっぱいだった。
しかし、先程の死に際と比べると今の彼女の血色の良さは天と地ほどの差がある。
…どうやら彼女の死因は急性の病気だったようだ。
___でもね? 言葉の魔法は
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