「〜♪」
夕暮れ時。日の光が開け放たれた窓よりカーテンを靡かせるちょっと早い夜風と共にやって来た。その風たちは様々なものにぶつかりながらやがて一つの影へとたどり着く。
とても清清しい、ほんのりと温みを纏ったそれは影の主に当たるとまたどこかへフワリと消えていってしまった。
部屋の照明によって床に写っている影を見るからに女の子のようで、自己主張の強い胸を薄い桃色の臍だしキャミソールで包みデニム生地のショートパンツという組み合わせの健康的な女子の服装だからである。
その影は何をしているのかというと鼻歌を口ずさみ見るからに「上機嫌です♪」と言わんばかりにその場でステップとターンをして服をクローゼットより選んではベッドに、選んではベッドにとある種お決まりのようなパーターンではあるものの笑顔で悩んでいるようだ。
「ん〜・・・ヒロ、どんな服なら振り向いてくれるかなぁ・・・♪」
ある程度纏まった数の服が彼女のベッドに山となって積み重なり今まで選定していた彼女は手を止めてその山へと向き直り一着一着再び手に取り今度はその山の中からの第二審査にはいる。
その間もやはり鼻歌がやむことは無く、その澄んだ声に電線に止まっていた小鳥達もわれもわれもと歌いだす。
「・・・あぅ・・・どっちにしよう・・・」
鳥の大合唱が始まってすぐ彼女は鼻歌を止めて彼女の最終審査に見事残った二着を見比べて悩ましげに顔を顰めて小さく唸るような声で黒いハート型の尻尾を一緒に揺らしている。
それと一緒に背から生えた黒い翼も小刻みにパタパタとそよ風を仰ぐようにして風を作り出しているが、無意識なのだろう。
彼女は人ではない。
彼女はサキュバス。
だがこの現代、彼女のような存在はさほど珍しくも無いもので今や人間とともに文字通り共学する校舎や仕事など様々なところで己の存在を偽る事無く暮らしているのだ。
お国柄、の為だろう。
まぁ、そんなサキュバスの彼女は一体何に悩んでいるのかというと・・・おや?
どうやらその原因がやってきたようだ。
「おぉ〜いユキぃ? まだかぁ〜??」
「も、もぅ! もう少し待ってよ! レディの準備は時間がかかるって何度言えば・・・」
「あぁ〜はいはい、んじゃ外でもう少し待ってるよ。」
悩ましい声を上げていた彼女・ユキの部屋の下、いまだ熱が残るアスファルトの上では紺色の作務衣を上品に着こなした男の子がユキの窓へ視線を定めつつ呼びかけるとユキもそれに気づいて可愛いキャラクター物のスリッパをパタパタと心なしか嬉しそうに、でも表情は困った顔で窓の外の待ち人・ヒロに対して不満げに待つように伝える。
はぁと言うため息と共に俯き、頭を左手でポリポリと掻くその仕草からは仕方ないなとの意思表示だろう。
いくら夏場と言えども流石に夕飯時になると暗くなっていくもので。
「おまたせ。」
「遅い。もう少し早くなんないかなぁ・・・」
結局のところ中々服を決められずヒロが来てから30分も経過してようやく決めたその服で玄関を出るユキは出口で腕組みして不満を億尾も出さずに仁王立ちするヒロが不満を第一声にして出迎えた。
そのユキの服というものは浴衣である。
紺色を主体として爪先あたりから山吹色の帯の下まで金魚が二匹寄り添うようにして泳いでいる様を描かれた絵が入り、浴衣に合わせて普段はすっと伸ばした腰まである黒髪を今日は左右の後頭部の絶妙な位置でお団子にしていた。
「ご、ごめんってば・・・どう?」
「ふむ、凄く似合っているよユキ。」
まるでカップルのようなやり取りをする二人だが厳密にはカップルではない。
彼らは幼馴染である。
家が偶々隣だからと幼少の頃からの付き合いで今や通う中学校も同じでクラスも同じ、というまさに鉄板であった。
しかしながらまだカップルではないが体の付き合いはもうすんでしまっている。
話がそれた。
顔を紅くしてちょっと恥ずかしげに上目遣いをするユキに対してちょっと心拍数が上がるヒロは表情に出さずにユキの服装の評価を即答すると先ほどまで若干翳っていたユキの表情がぱぁっと明るくなった。
「そ、そっか・・・良かった♪」
「ん? なんかいった?」
「っ! べ、別に。 ヒロですら良かったっていうんだから私の吹く選びの妥当なセンスをもってて良かったとか思っただけよ!」
なにやら言い訳がましく聞こえなくも無いがヒロは「そっか。じゃぁ祭りに行くよ?」とさらりと流してユキに手を差し出してエスコートするそのさまはとても中学生とは思えないが、しかしヒロが元々もっている雰囲気がその違和感を消していた。
「えっ、あっ・・・うん♪」
そっと触れ合った手をきゅっと握って二人は並んで祭りの行われる【口逢神社】(くちあわせじんじゃ)までゆっくりと今この時をかみ締めるようにして歩いていくのであ
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