それぞれが思い思いの時間を過ごす今日この頃。
ちょうど葛葉たちが史厳へと人質としてつれて来られて半年、季節は秋口を越えて冬の足音が近づいていた。
慌しく走り回る女官や文官、尚のこと自己鍛錬に勤しむ武官。
城内を見回せばそんな者達で溢れているのに対しここはその城内の片隅、余り人気の無い開けた場所にて舞う影が二つと見る影一つ。
「せいっ! はっ!!」
「ふんっ!・・・・・・・ぜぃっやっ!」
片や男。一市民が着る素材で作られている白い厚手の上着に深紫の下穿きを穿き、その男のものであろう全身を覆う黒の羽織が折りたたまれて大きな木の根元に置かれている。
片や女。その男を模倣するかの如く白の厚手の上着を纏うが大きな胸をキツくサラシで巻きつけている辺り武侠のモノというのが窺える。
下に穿くのはこれまた同じ形だがこちらは紺色に染め上げたものを腰に穴を開けて使用しているようだ。
そう、尻尾があるのだ。
その女、人間にあらず。
互いの武器を避けては反撃し、受けては流す。
不規則に上がる剣戟の音はまだ日が昇る前、未だ夜の闇が支配しているころからこの広場の回りに数本の松明を焚いていたようだが何時からしているか分からないその演武は今まで明々としていた松明を悉く消し去っていく。
一本、また一本と自然と消え行く明かり。
やがて互いに距離を保っていたが一気に距離を詰めて互いの武器が火花を時折飛ばしながら鍔迫り合いに入った。
刃と刃がぶつかり合ったまま、時折火花を散らし数分が経つが未だに刃が離れない。
「ふっ、うぅ・・・・長海は流石に力が強いな。」
「ぐっ、うぅ・・・・奈々こそこの頃太刀筋の剣速が上がったんじゃないか?」
白む息と共に笑顔で賞賛しあう様はどうしてこんなにも暖かいのだろうか。
荒い息と共に珠のような汗が流れていく様はどうしてこんなにも心躍るのだろうか。
一体どれほど競っていたのか分からない。
やがて空が明るみ始めていく中で死という薄い壁一枚を隔てて見詰め合う二人であったがここでその男、長海が置いた羽織をすくっと拾い上げて声をかけるものが。
「長海ぃ! 奈々っ! 焔がもうそろそろ帰って来いってさ。」
「・・・・・わかったよ春。奈々、今日はコレまでだ。」
「・・・うん。わかった。」
互いの剣から力を抜き鞘に収める。
渋々ながら、といった様子で奈々は尻尾を不満げに振り回し傍観者、春のもとへ長海の横を保ちながら移動を開始する。
が。
「む? なんだ、入れ違いか・・・」
「っ!」
「・・・・」
「えっ!? ・・・う、うわぁ! 」
無言で獲物に手を掛ける長海と長海に比べて驚いてしまった分少々反応が遅くなった奈々。そして真後ろから影すら現さずに来た突然の来訪者が自分の真上から来たことに素っ頓狂な声を上げて後ろを見る春は驚きのあまり腰を抜かして尻餅をついてしまう。
「なんだ? そんなに驚くことは無いだろう。・・・ほら立てるか?」
自分が原因というのが分かっているような態度だが全身を黒い服で揃えて黒布の首輪をする彼女は「ふふっ。」と微笑むと前かがみになって春に向けて得物の【大刀(だいとう)】と呼ばれる片刃の大槍を地面に杷尖を立てて手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます・・・御影さん・・」
素直な春はいくら険悪な同盟相手側の者といえども丁寧に礼を述べる。
「いやいや、お構いなく。」という彼女、御影は困ったような顔で右手を春に向けて腰を折ってまで礼を言わんとする春を制して長海らへと向き直る。
「・・・鍛錬か?」
「まぁ、そんなところだよ。」
「ふん、随分と時期を読んだ様な登場だな?」
未だに剣の柄を握る二人であったが春とのやり取りで御影と分かってから殺気を幾分薄めてはいた。
目的を問う無表情の長海に対して嫌味を臆面も無くはっきりと顔と声に出す奈々は静かに各々の得物を抜いても干渉しないようにと二人の間の距離を徐々に開けていく。
「ふむ・・・なぁ、頼みがあるんだが?」
「・・・なんだ?」
「・・・相手をしろ、ということか?」
そんな二人を見比べるように見ていた長身の御影は顎に手を当てて少し目を閉じてすぐに長海らに視線を合わせる。
「話がはやくて助かる。・・・長海、と言ったね? 何時ぞやの約束があるから相手を・・・」
長海へ向かってゆったりとした動作で硬い石畳に硬い軍靴を響かせて歩み寄る様はまさに恐怖が歩いてやってくる、という言葉がとても似合う。
御影が二人のもとへ徐々に近づくにつれて心なしか本来の身長上に大きく見える。
紅い瞳が爛々と輝きその他の部分に影が差し、その影が尚のこと紅い瞳をより際立たせる。
流石は死霊騎士【デュラハン】なだけあり迫力が違う上に彼女自身の長身が尚のこと相手へ恐怖心を植えつけるのに
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