「えっ…!?」
ガーゴイルが驚いて顔を上げると、月明かりを遮って宙に佇む者が一人、音も無くその翼を羽ばたかせていた。
逆光で全貌ははっきりとはわからないが、大きな黄色い瞳がその者が背負う月のように輝いている。
「おや、すまない。驚かせてしまったようだね」
その者がガーゴイルの警戒を解くためにゆっくりと地面に降り立つ。そこでようやくその姿が明らかとなった。
線の細めな鳥足に蒲の穂のようなふわりとした栗色の羽毛。ハーピー種の魔物娘のようだ。
「ボクは風来のオウルメイジ。知識と出逢いを求めて旅をしている者だ」
翼兼腕を差し出しながらオウルメイジはにこりと笑う。
「私は…。そうね、守衛のガーゴイル。この村の門を見張る者よ」
ガーゴイルも警戒を解いて台座から降りるとその手をもふりととって握手に応じた。
「改めて、驚かせてしまった事を謝罪するよ。近くを飛んでいたら珍しく魔力の気配があったものだから、近付いてみたら君が苦しそうにしていたんだ。どこか悪いのかい?」
「あぁ…。気を遣わせてごめんなさい。病気の類いではなくて…その、話すと長くなりそうなのだけど…」
「構わないさ。ボクは聞き上手なんだ」
そう言ったオウルメイジはガーゴイルの台座にぴょんと飛び乗って腰掛けると半分スペースを空けて座るように促した。
「なるほどね…。ボクはそれなりに旅をしてきて色々な物事を見聞きしていたつもりでいるけれど、君のような魔物娘は初めて出会うな。ああ、不謹慎だったら謝るよ」
「そんな事無いわ。おかげで夜明けまでの時間稼ぎが出来たことだし」
ガーゴイルの言う通り、二人が出会った頃は夜空と溶け合っていた山々の影が朝日によってくっきりと見分けられるようになっていた。
「そうだ、君にこれを譲るよ。きっと役に立つ」
オウルメイジがそう言いながら肩から提げていた鞄を漁ると、小瓶を取り出してガーゴイルに手渡した。中には緑色の液体が詰められている。
「これは?」
「性欲を一時的に減衰させる薬さ。知り合いのバフォメットに頼んで作って貰った物さ」
「どうして魔物娘の貴女がそんな薬を?」
「人間の学者や賢者に会う時に我慢が出来なくなって“失礼”をはたらいてしまわないようにね。オウルメイジは積極的な種族ではないけれど、あくまで魔物娘だからさ」
「なるほど…。ありがとう、早速使わせてもらうわ」
爪で瓶のコルクを引き抜いたガーゴイルは一息に煽る。
「ん″っ…。っくはぁ…!」
口に広がり鼻まで突く想定外の風味に思わず顔をしかめた彼女だったが無事飲み下した。
「ははっ。そういえば味の説明をしていなかったね」
「いいのよ。おかげでスッキリしたわ」
早速薬の効果が現れてきたようで、先程まで額と眉間に皺が絶えなかった彼女の表情はけろりとしている。
「ひとまずそれで今日の祭の間は凌げるよ。しかし…」
「どうしたの?」
「知り合って間もないボクが踏み込んだ事を言うようで言いにくいんだけど、君はこのままでは良くないと思うんだ」
「…ええ。そうね」
ガーゴイルは顔を曇らせると膝を抱える。
「ここでこうしてボクたちが出会ったのもきっと何かの縁だと思う。だからボクに君の手助けをさせてくれないか?」
「えぇっ?そんな、悪いわ。薬を貰った上にそこまでしてもらうなんて…。それに貴女、旅の途中なのでしょう?」
「気にする事は無いさ。目的地も期限も無い旅だ。考えたんだ!少し行き当たりばったりだけれど、きっと上手くいく。ボクに任せて!君は目の前の出来事に対処する事を考えなさい」
そう告げたオウルメイジは立ち上がると胸をとんと叩いて暁を抱くように翼を広げた。
「ちょっ…考えたって何を!?どこへ行くの!?」
「近いうちにまた会いに来るよ!祭を楽しんで!」
戸惑うガーゴイルの質問にオウルメイジは答える事無く彼女は音も無く羽ばたいて飛び去って行った。
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