満天の空の下、虫達の歌声が響き渡る広場で溜め息を吐く者が一人。村人ではない。彼らは皆寝静まっている。では何者であろうか。
昼間は股がるように乗っている台座に今は腰掛けて両脚と尻尾をぶらぶらと揺らし、時折周囲の民家を眺めてはまた小さく溜め息を漏らす女性の石像。ガーゴイルだ。
「また、言い出せなかったなぁ…」
夜が明けるのを待っているかのように立ち並ぶ屋台に目をやった彼女は誰と無くぼやく。
彼女が今こうして村の隠れた住人となったのはつい最近の出来事である。
長年村の中で人々の祈りや感謝、ある種の願掛けのような思念などを受け止めてきた結果、自然界の魔力が反応して風のように指向性が発生し、それの行く先にある石像はついに一人のガーゴイルとなったのだ。
本来ガーゴイルは魔物娘の中でも凶暴な性質を有している事が多い種族であるが、彼女は違った。物心を得て直ぐにガーゴイルは自身が“そこに居る”理由を悟った。
そしてガーゴイルは、この村の住人を裏切りたくはないと考えた。侵略者の悪魔から自分たちを護る象徴がその悪魔そのものであるとなれば、きっと彼らは大きくショックを受けるであろう。そして良くて追放、悪ければ殺害されるかもしれない。いくら人外の身体能力や魔法が使える魔物娘であれど多勢に無勢と言うもの。
こうしてガーゴイルは文字通り産まれてこの方正体を知られる事無く過ごしてきた訳なのだが、やはり彼女は一人の立派な魔物娘。やがて自身の内なる渇きがそろそろ表に溢れ出ようとしていた。良心や理性で抑えられるのにも限界がある。
いっそここを飛び出して別の村や街に移ろうか。そんな考えが脳裏を過った回数は少なくない。だがこの村で一番目立つ物である自分が、ある日突然一夜にして蒸発してしまったとなれば村中が大騒ぎになってしまうのは火を見るより明らかだ。
ならば朝帰りのような形で、夜の内にどこかで魔力を補給してまた定位置に戻ろう。そうとも考えたがいかんせん日の入りから日の出までの間に行き来出来る距離感の集落は存在しなかった。
「せめて…せめてお祭りが終わるまでは堪えていたい…!」
昼間の硬い表皮とは打って変わって、柔らかで温もりのある肌に爪を立て、瞼を強く瞑って夜明けが来るのを震えながら待つ。昼間になれば動こうにも動けないので、まだ耐えやすいのだ。
この夜を耐えたら祭の終わりを待って適当に未婚の男を見繕おう、居なければ少年でも構わない。いやむしろ幼気な少年のが…。等と様々な思案がぐるぐると脳内を駆け巡っている中…。
「ねぇ君、大丈夫かい?」
不意に、頭上から言葉が降りかかって来た。
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