トーマたち4人がステンライナを発ったのはこの日の朝。次の街までの道のりがまだ半分行かないうちに、太陽は早くも西に傾きかけていた。
街道を外れて少し歩いたところで野営の準備を始めるが、4人の間にはぎこちない空気が流れていた。
理由は幾つかある。1つはトーマス・ハンソンら教団暗部を捕らえた翌朝、つまりは昨日の朝にあった。
トレアは無事目を覚まし、己の不甲斐なさを恥じていた。しかし他の3人は当然それを彼女の力不足だとは微塵も思っておらず、トーマとミラは自分たちの判断ミスであると述べ、トレアを慰めていた。そんな中で放たれた、ノルヴィの余計な一言。
「まぁさ、トレアもトーマに抱っこして貰えたんだし」
思考が止まるとはまさにこの事と言わんばかりにトレアは固まった。
どういうことかと言えば、意識を失った彼女は治安部隊の馬車でトーマと共に宿まで送り届けられ、降りてきた時にはトーマにお姫様抱っこをされた状態であったのだ。
トーマに他意はなく、ただそちらの方が抱え易かっただけに過ぎないのだが、何せ言い方も悪ければタイミングも悪い。
結果、その後30分掛けてミラが宥め、さらに30分掛けてノルヴィに説教するという展開になっていたのだ。
また、トーマはトレアのプライドを傷つけたかと気を使い、トレアはそれが申し訳ない上に恥ずかしさも相まって平常運転では無くなっており、それが1日経っても尾を引いているのである。
そして、ノルヴィとミラの間にもおかしな空気が漂っていた。
というのも、朝からミラの様子がどこかおかしいのである。口数は少なく、話をしていてもどこか上の空で彼女らしくない。
しばらく様子を見ていると、ノルヴィを避けている感じがする。流石に彼自身も気付いており、ミラに問いかけた。
#160;
「…いいえ、別になにもないわよ」
そんな返事が帰ってきたが、おかしな間もあって変に素っ気ない。
ノルヴィは特に何かしたつもりはないが、気に障ったことがあったのかもしれないとこれ以上突っ込むのをやめた。
いつもの軽口と冷静なツッコミのやり取りもなく、ほぼ無言で歩く道のりはいつにも増して彼らに疲労感を感じさせるのだった。
「今日は先に休ませて貰ってもいいかしら…?」
ミラは申し訳なさそうに訊ねた。
「ああ、構わないが…体調でも悪いのか?」
「なんて言うか…まぁ、少し疲れてるだけだと思うわ」
「そうか…なら、今日の見張り番は俺たちだけで回すか」
「大丈夫よっ…ええと、もしダメそうならその時言うから、一応声は掛けてくれれば…」
「そうか?…わかった」
3人は心配しつつ、他よりも背の高い専用のテントに入る彼女を目で追った。ちなみにミラのテントだけ高さがある理由は、野営時に限って彼女は周囲を警戒し、立ったまま寝るためである。
トーマ達はミラの態度の原因について話し合っていたのだが、本人から言わないことをあれこれ詮索してもしょうがないと思い、翌日改めて聞いてみることにした。
トーマが初めに見張りについてから6時間ほどが経った。彼の後にはいつも通りノルヴィ、トレアの順に見張りを交代し、時間になったトレアはミラのテントへと向かう。
「ミラ、大丈夫か?」
「ええ、平気よ。代わるわね」
トレアは顔を覗かせたミラが普段通りだったことに一安心し、自分のテントへと入っていった。
だがミラはテントから出ようとはせず、暗闇の中で佇んでいるだけであった。心なしか呼吸は普段より荒く、目はどことなく虚ろである。
それから10分ほどたった頃、彼女はゆっくりと表へ歩み出た。そしてその場で屈むと落ちていた小枝で地面に魔法陣を描き出す。
魔法陣が完成すると、そこを中心に半径15メートル程の半球状に景色が歪んだ。結界が生成されたのである。
ミラは立ち上がると、自分達だけは通れるように設定したその結界を抜け、彼女だけが分かっていた滝の音が聞こえる方向に消えていったのである。
そして彼女の姿が見えなくなった頃、テントから出てくる人影があった。
目の前には大量の水が飛沫を上げて流れ落ちていた。轟音が辺りを埋め尽くす滝壺の畔で、ミラは座り込む。
んはぁ…と大きく息を吐くと、ワンピースの裾を捲りあげた。
人と馬の境目、上半身から辿れば普通の女性と同じような位置。僅かな光をはね返し、てらてらと煌めく割れ目がそこにはあった。
言わずもがな、紅潮した頬に普段よりも荒い呼吸、先程の大きな吐息に混ざった艶やかな雰囲気が物語ることは1つ。
魔物の本性がなぜ呼び覚まされたのかは、彼女自身自覚している。普段の生活の中でなら、体に触れられようと何も問題はなかったが、ふとした事で一度意識してしまうともうその限りではなかったのだ。
そもそも恐らくは
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