「またか……」
ディスプレイに映る文字列……探偵に頼んだ調査報告書を眺めた彼はそう言ってため息を吐いた。研究一筋で生きてきた彼には、女心というものがわからない。
自室の使い古した椅子をかたかたと揺すりながら、彼はメールを返そうとして……そのまま削除ボタンを押下した。
「……ここまでくると、怒る気も失せる」
浮気されたのはこれで3度目だ。確かに、男らしい魅力には乏しいかもしれないが、それでもあんまりだという思いがあった。
無精髭の生えた顎をぞりぞりと撫で、タバコに火をつけて一服する。
「結婚は諦めようかぁ……」
そんなつぶやきが、ワンルームの暗い部屋に溶けて消えた。
……ワンルーム、と言うが、ただのワンルームではない。少なくとも、普通の火災保険では対応できない程度に高価なものが詰まっている。ラックにはサーバーが埋まり、かちゃかちゃとなにやら計算し続けている。ディスプレイの群れは、宇宙船のコクピットのようであった。自宅で研究開発環境を構築できるような時代になったのは、人間が苦手な彼にとっては心強い話だった。
「ま、とりあえずは仕事仕事……といっても、もう今月分のは終わってるしな」
気を紛らわすこともできない。久しぶりに外に出てみるか、と思い至ったところで、ぴろりんと可愛らしい音が響き渡った。
「? ……メール? プライベートの方に来るなんて何年振りだ?」
忘れかけていた着信音は、彼が学生時代の時に利用していたアドレスへきたものだった。当時でさえほとんど利用されていなかったのに、今更メールが来るなど、迷惑メールの類だろう、と彼は思った。
「……なんだこれ」
〜〜〜〜〜〜
題名:●●様へ魔法共同研究へのお誘い
本文:
はじめまして、魔王軍サバト所属、リッチのアルル=ツォンベルン=バックバルルと申します。
我々は異界よりこの世界への進出を目論む魔物の一集団であります。
〜〜〜〜〜〜
「……なんだこれ」
最初の二行を読んだ彼は呆然と呟いた。本名だ。普段はビジネスネームを使っているにも関わらず、こうした連絡が来るとは。しかし、冗句としては面白い。ウイルスチェックは回しているし、怪しげな添付ファイルもない。興味をそそられた彼は、ネットワークを切断し、メールを開いて本文を読み始めた。ネットワークを切っておけば、感染は広がらないであろうし、新種のウイルスであれば解析したいという知識欲もあった。
〜〜〜〜〜〜
突然のご連絡、さぞや驚かれたことかと存じます。
進出、魔物と物騒な言葉を並べましたが、要は婿探しです。
なぜなら我々の世界は今、魔物が全て少女と化してしまい、空前の女余り状態なのです。
〜〜〜〜〜〜
「なんだそれ!」
彼は思わず吹き出してしまった。手元の灰皿に灰を落として考える。なるほど面白い設定だ。エロゲとかだったら売れそうだ。自分だって買う、などと一人思考を巡らせた。
「そんな魔物なら大歓迎したいもんだよな」
ぽつり、と呟いて、しかし彼は自嘲した。
「何希望抱いてるんだ……エロ魔物が来ようがハーレム主人公のところに行くだけだろ」
皮肉げにそう呟いた。
「……でももう少し読んでみるか」
〜〜〜〜〜〜
故に我々は考えました。
この世界が女余りであるならば、別の世界から男を持って来ればいい。
今回送らせていただいたメールはその研究の一環です。
我々は、世界を超えて情報を送ることに成功したのです。
残念ながら、未だ生物を送ることはできません。
しかしいずれは声や生物も送ることができるよう、研究を続けていくつもりです。
〜〜〜〜〜〜
「ふぅん……で、なんでこんなメール出すんだ」
だんだん面白くなってきた彼は読み進めた。無茶苦茶な設定であるのに、筋が通っているような気がした。
〜〜〜〜〜〜
そこで、貴方には現地側の協力者となっていただきたいのです。
〜〜〜〜〜〜
「ふぅん、送金でもさせるつもりかな」
ずいぶんつまらない手口だ。彼はブラウザを閉じようとした。
しかし、その指は止まった。
〜〜〜〜〜〜
無料とは申しません。
実験成功時には、そちらで価値になりそうな金や宝石等の十分な報酬をお約束いたします。
また、我々の所持する魔法に関する知識提供を行い、貴方の実験にも協力させていただきます。
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「魔法?」
魔法、魔法……日曜の朝少女たちが振り回しているあれか、と彼はイメージした。なるほど、魔物というからには魔法の一つや二つ使えるのがあたりまえの設定か。
「しかし金品を要求しないってことは、ヤバイ宗教とかかな」
信者獲得の一環というやつだ。読めたぞ、と彼はほくそ笑んだ。しかしこのまま遊んでやるのもいいかもしれない、と思いなおす。
「いや、君子危うきに近寄らずというし」
やは
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