どこにでもある学校のとあるクラスには、とにかくよく眠る少年がいる。
「……ぐぅ」
とは言え、彼も好きで寝ているわけではない。
授業中であろうと、耐え難い眠気に問答無用で襲われ、従わざるを得なくなるのである。
「せんせー、カガミくんがまたねてま〜す」
「はいはい、起きなさいカガミくん」
彼――カガミくんが寝ると、同じクラスメイトの誰かが告げ口をして、先生がやる気なさげに起こす。
しかし、その程度でカガミくんの眠気を払拭できるはずもなく。
「むり……ぐぅ」
彼の寝息は止む事を知らなかった。
「無理と言われましたので、諦めることにします」
「もっとちゃんとおこしてよー!」
「先生は神じゃありません。出来ることと、出来ないことがあるのです」
先生は良くも悪くも現実的だった。
大人になる事は悲しい事だという事を、子供たちにもしっかり教え込んでいるのである。
しかし、子供たちがその事を受け入れるには、人生経験が足りなすぎていた。
「…………」
「はい、今”自分も寝よう”とか考えた子。みんな廊下に立ちなさい」
先生のその言葉を聞いて、頭を伏せようとしたり、しなかったりしたクラスの子供たちがぞろぞろと廊下へと出ていく。
カガミくんも寝息を立てながら出ていく。一応話は聞いているらしい。
そして、このクラスは先生の一声で瞬く間に学級崩壊と化したのであった。
授業が終わり、帰りの会も終わって解散となった放課後の事だった。
みんな、思い思いに下校していく中、カガミくんも重すぎる瞼を必死に開けながら学校を出て行く。
「カガミくん、またねー」
「……ん」
「カー、オレんちでゲームしようぜー」
「…………また今度」
「カ・ガーミン、今日は俺と一緒に剣を振るいにいかないか」
「……………………嫌だ」
別れの挨拶や遊びの断りや、意味不明な誘いの拒絶をそこそこに、家へと向かって歩いていく。
しかし、その首は既に船を漕いでいて、限界が近かった。
カガミくんの家はまだ見えてもいない。
そんな状況では、家に辿り着くまでに間に合うはずも無く。
「……ぐぅ」
残念すぎる事に、カガミくんの意識はその場で落ちてしまった――のだが。
なんと、寝息を立てながら歩き出したのである。
その歩調は意識があった時よりも、幾分かしっかりした足取りだった。
そのまま、寝ながらにして家路を辿り始めた。
しかし、やはり寝ながらにして帰宅するのは無茶があったのだろう。
「……ん」
次に意識が戻ったころには、まるで知らない場所にいた。
そこそこに生えていた森林の緑は、見慣れない色になっていて、積木のようなオブジェクトや、大きなおもちゃのようなものが、あちらこちらに散らかっている。
知らない場所と言うよりも、知らない世界、と言った方が正しかった。
「……夢?」
常に眠気に晒されているカガミくんであっても、常識的な知識は持ち合わせていた。
こんな場所は近くの公園には無いし、例えどこかにあったとしても、彼の一眠りの時間で辿り着ける場所にはまず存在しない。
ならば、この世界は自分の見ている夢だ、と結論付けるのが一番手っ取り早かった。
「…………ぐぅ」
そして、例え夢の中だとしても、睡魔の脅威に逃れることは出来なかったようだ。
夢であっても彼がすることには変わりはない。
睡魔が襲ってくるのであれば、それに従いつつ散策するだけだった。
そうして、一歩踏み出した時である。
「ねながら、あるいちゃ、らめぅ……」
女の子の寝言のような声が聞こえた。
重すぎる瞼を辛うじて開けながら振り返ると、そこにはカガミくんと同じくらいの女の子がいた。
太腿の近くまで伸びた長い茶色の髪、頭に大きな二つの丸耳。
首元に青いクローバーを模したブローチの付いた濃紫のリボン。
白いトランプ柄の模様がある桃色のパジャマ。
「むにゃ……れんじゃらぅ……」
眠そうな目を擦るその片手は、白い顔と違ってとても赤い。また、パジャマの袖から伸びている手首は、モコモコした毛皮のようなものに覆われていた。
彼女の後ろ側で、揺れている尻尾も見える。
「……かぜひくよ」
何よりも、パジャマのボタンを一つも付けずに、身体の前面を全開にしているという、風邪引き上等な格好であった。
お腹だけではなく、下着のドロワーズすらも開けっ広げにしながら、カガミくんの前に立っている。
この夢の世界がいくら暖かいとはいえ、それでもお腹を晒しながら寝るのは風邪を引く元となる。
四六時中寝ている彼だからこそ、何よりも体調管理に重きを置いているのである。
頭にネズミのような耳が生えているだの、手足が人間とは異なり、さらに尻尾が生えていて、自分たち人間とは違うことなど、”
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