「――あれ?」
日課となっている屋敷の蔵書室で読書をしていたら、面白い本を見つけて夢中になってしまい、気付いたら昼をわずかに過ぎていた。
食事の仕度が遅れていることに気付かれてしまうと、姉さんが頬を膨らませてしまう。
それはそれで面倒な事になるので、すこし慌てながら蔵書室を出てきたのだが、その本人の気配を感じなかったのだ。
いつもならば、帰ってきている時間。というよりも、実を言えば、頬を膨らませるどころか、昼食を催促しにぼくを探して各部屋を殴り込みに来てもおかしくない時間。
その時間になっても、屋敷内は静かなままだったということは。
「……姉さんが、まだ帰ってきてない?」
言葉にした瞬間、嫌な予感がした。胸騒ぎとも言うか。
ルシア姉さんが、帰ってきていないだけ。たかがそんな事、と思うかもしれない。
確かに、朝は猛烈に弱く、感情が素直すぎてぼくよりも子供に見えるし、そして何よりズボラだけど、あれでもしっかりしている部分はちゃんとあるのだ。
例を言えば、昼前や夕前の時間には、必ずと言っていいほど決められた時間前には帰ってくる。
小さな問題――それこそ、その時間には帰れないだろうというような物事ならば、前持って言ってくる。急な出来事であれば、何かしらの手段で絶対に連絡を寄越してくるほど。
そういうところは、過去に一度も欠かさなかったのだ。
「あの姉さんが、時間を過ぎてるのに帰ってこない上に、何の連絡もない。ということは――」
何か、連絡も取れないほどに大きな問題に遭遇した、と考えた方がよさそうだ。
屋敷の外はいつも通り平和だ。これと言って騒動が起きている様子は無い。
ならば洞窟の見回り中に魔物に襲われたと考えるべきだろう。
彼女は一人だ。腕が立つと言っても、不意を突かれればどうにもならないこともある。
下手をすれば、即死することだって――
「…………」
いや、絶望するのはまだ早い。最悪の事態を考えるのは、少なくとも、彼女自身を示す何かを見つけてからだ。
……死んだなんて、まだ信じたくない。
「……探そう」
どちらにしろ、不安に囚われて待つくらいなら、行動した方が良い。
自分の部屋から、護身用の短剣を持って、家を出た。
姉さんの今日の仕事は、「近くの洞窟の見回り」だと言っていた。
こんなことになるとは思わなかったので、どこの洞窟かまでは把握していない。つまり、片っ端から探すしかない。
教団に頼るのが一番かもしれないけれど、強大な力を持った組織や存在というのは、何の力も持たない存在には、何も与えてくれない。どうせ、姉さんのことも、使い捨ての駒としか見ていないんだろう。
だから、期待しない方が良い。どうせやるなら、自分一人でやるしかないんだ。
「お疲れ様です」
「おう、気をつけろよ、坊ちゃん」
そんな言葉を街の門番の人と交わして、ぼくは難なく街に出た。出る事は簡単だが、戻るには面倒な手続きが必要になる。
だけど、教団の騎士団に所属している姉さんと一緒ならば、問題なく通れるはずだ。
まぁ、ぼくの杞憂によって入れ違いになっていたとしても、姉さんに迷惑をかけて怒られるだけで済む。本人の無事を確認できた安堵に比べれば、怒られるのなんて安いものだ。
「ここから一番近い洞窟は――こっちかな」
近くの洞窟の地図なら、頭の中に入っている。
姉さんが一人での見回りを任された直後は、支給された地図を自慢げに、しかもしばらく毎日かけて、ぼくに見せびらかしてきたせいで、地図の内容を覚えてしまったのだ。
おかげで、街の外に出たのはこれが初めてなのに、まるで何度も出歩いたことがあるみたいに、周りの地形が分かる。
そんなこともあってか、迷わずに一つ目の洞窟に到着する。
魔物退治が終わり、定期的に見回りされているとは言え、姉さんが何かあったかもしれない洞窟だ。
ぼくは護身用の短剣を強く握り、空いた片手には松明を手に持ち、息を吐く。
「……ふぅ、よし」
そして、気を引き締めてから、洞窟の中に入った。
あれから、どれくらいの洞窟を探っただろう。
姉さんは未だに見つからなかった。
外も暗くなり、辺りが暗い。疲れも溜まってきている。
そろそろ、教団の巡回も終わる頃だろうか。
ぼくも街に戻らなければ、魔物に見つかる可能性も高くなる。そして、見つかれば、成す術なく殺されるだろう。
姉さんが既に戻っている可能性もある。何か故あって連絡を寄越さなかったかもしれない。
そうして、ここを調べて、何もなければ一度街に戻ろうと決め、洞窟内を進んでいる時だった。
「……ぅ……っ……るぅ……」
泣き声のようなものが、奥からかすかに聞こえてきた。
その聞き覚えのある声に、
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