ばーかばーか!

 食材を取る目的で、森の入口に来ている小さな少年がいた。
 いつもならば、この場所にいる心優しき魔物娘たちが手伝ってくれるのだが、今日に限っては誰もいない。
 きっとみんな忙しいのだろう、と彼は納得して、一人で森の奥深くへと入っていった。

 森に入って数時間後。少年は未だに何の収穫も得られていなかった。
 それもそのはずである。サバイバルな知識など何もない小さな少年に、ここでの食材調達など魔物の助力が無ければ出来るはずもないのである。
 しかし、だからと言って手ぶらで帰るわけにもいかない――そんな小さな意地もあってか、彼はさらに深くへと入り込んでいってしまう。
 やがて木の幹は大きくなり、地面から生えた草は彼の身長を越すほどに大きなものへと変わっていく。
 気づけば前も後ろも草に囲まれ、来た道が分からなくなっていた。
 ようやく、これはまずい、という念が彼の中に灯りはじめるが、時は既に遅く。
 見上げても、周囲の木々は何の目印にもならず、彼は完全に迷子となったことを自覚した。

「…………」

 しかし、彼の中に絶望感はなかった。
 この森にいる魔物娘たちは、基本的に人間とは仲が良いのである。
 いや、この近くにある街の人間たちが魔物娘に対して友好的である、と言うべきかだろう。
 とにかく、魔物娘の誰かと会い、迷ったことを話せば、簡単に出口へと導いてくれるだろう。
 そもそも、少年がこの森で迷うことは初めてではなかった。迷うたびに魔物娘たちに助けてもらった。
 その過去が、彼に確証を与えているのだ。
 とりあえず、この場所から抜け出そうと、大きく茂る草々を掻き分け進んでいく。
 そして、ようやく草の迷宮を抜けた先は、木々の草が太陽を遮断してはいるが、どこか広場のように開けた場所だった。
 ここで待っていれば、何となく魔物娘たちに会える気がした彼は、ふぅ、と安堵の息を吐く。

「ちょっと、ここあたしの縄張り」
「……え?」

 その時、上方から聞こえてきた。
 声のした方に顔を向ければ、樹から伸びた太い枝に座っている、黒い少女がいた。
 黒いと言っても、それはその少女自体を占める割合の多い色、という意味合いであって、真っ黒な少女が出てきたわけではない。
 その素肌は灰色とも言えなくもない、白色に見える。
 とはいえ、やはり所々黒い物によって覆われているので、やはり黒色の占める割合が多かった。

「人間の癖に、土足で踏み込もうなんて、いい度胸じゃない」

 少女が樹の枝から飛び下りてくる。
 木の陰から脱したとは言え、素肌と大きな紅い眼を除けば、やはり大体が黒かった。
 セミロング程に伸びた髪も黒い。彼女の手足を覆い、また体の所々にある粘度の強い液体のような物質も黒い。ついでに少女の腰の後ろ側にある、幾房にも見え、大きく広がっている毛のような物も黒い。
 彼女の身体の各所にある液体のような黒い物質に隠されていない素肌は、灰色と言えなくもない白肌だった。とは言え、身体に付着しているその物質は極端に少ないので、およそ全裸と言えなくもないが、それは魔物娘の大概がそうである。故に、見慣れている少年にとってはあまり気にはすることではない。
 どちらかと言えば、その少女が魔物たらしめる要素と言えば、顔にある眼が一つしかないことと、その周りに十個ほど存在する、先端が目玉となっている黒い触手。
 目の前には、自分と同じくらいの背丈の少女一人しかいないのに、彼女から感じる多数の視線。
 異様な光景ではあるが、少なくとも少年が今まで出会った魔物娘よりも魔物らしい。
 何にしても、彼は魔物娘と出会えたことに、ホッとした気持ちでいっぱいだった。

「ここはあたし――エルゼ様の縄張り。それを人間の、しかもがきんちょ風情が荒らそうなんて、黙って見てるわけにもいかないでしょ?」
「…………」

 これは彼女なりの自己紹介なのだろう、と少年は解釈した。事実、名前を出している。
 彼女はどう見ても魔物ではあるので、その年齢は察することはできないが、体型的に見れば彼女も十分”がきんちょ”なのでは、と思うが口には出さないことにした。
 言って良い事と悪い事の区別ぐらいは、少年でもわかるのである。

「……あの」
「ん?」
「……この森には、なわばりなんてないよ」
「……は?」
「みんななかよく使ってる。僕も、よく遊びに来るから」
「う、うっさい! そんなのしるかばか! ここはあたしの縄張りなの! さっき決めたの!」

 どうやら、彼女は元々はこの森に住んでる魔物ではないらしい。いわゆる、新参者、という奴だった。
 特にこの森にルールが存在しているわけではないが、公共の場として使われていることは、少年ですらも知っている事実である。

「でも……」
「ばーか! ばーかば
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