僕は家にいた。
誰もいない家に、まだ母がいた頃の、温もりの残滓が残った家の中。
誰もいない暗い家で、僕は立ち尽くす。
両親を呼んでも、声は返ってこない。
じっと待ってても、家の灯りはつけられない。
もう父の言葉に悪態を付くことも出来ない。
もう母に対して甘えることも出来ない。
もう家族で笑いあうことも出来ない。
「ぁ……ぁぁ……」
家の窓が、扉が、一気に開く。
外から冷気が入り、中に残っていた温もりを外へと追いやっていく。
寒い。
心が、寒い。
身体が震える。誰でもいいから、温めてほしい。
僕の心を、温めてほしい。
「う、ぁ……」
目から涙が溢れてくる。それに耐えようと堪える。
しかし、どこかで一度全てを空にした方が良い、と言う自分がいた。
「う、うぅぅ――」
今なら、誰もいない。僕がどんなに泣き喚いても、誰もそれを知ることは出来ない。
父さんも母さんも――死んでしまったのだから、と。
最後に、心に深く刃を突き刺してきたのは、そんな自分だった。
「――ぁぁぁあああああっっ!!」
飛び起きるようにして身体を起こしながら、目を覚ました。
頬に冷たい感触が残っていて、そこを温かい物が上書きするように通っていく。自分の涙だった。
夢の中の感情を持ち出してしまうとは、僕の心はもう限界らしい。
涙が止まらない。
心が寒い。
温もりが恋しい。
「コール……大丈夫?」
すぐ近くで声が聞こえる。顔を向けると、心配そうな顔をしたグラシスさんがいた。
そんな顔も出来るようになったのか。
まるで――人間みたいじゃないか。
「ぅ……は、はは……っ……おはよう、ございます」
こんな時でも挨拶を欠かさない自分に呆れた。
涙を流し、笑いながら挨拶をする男。ひどく滑稽なことには違いない。
そして、そんな風にしたのは両親だと言う事実に、さらに心が寒くなる。
「我慢しないほうがいい」
そう言って、彼女は肩に手を置いてくる。防寒着のおかげか、彼女の手は冷たく感じなかった。
拒絶する気は起きなかった。
「コールの苦しむ姿を見るのは、胸が苦しくなる」
「そうですか」
彼女の言葉が染みる。
孤独に冷え切った、僕の心に染みる。
「それを耐えている姿を見るのは、もっと胸が苦しくなる」
「……そうですか」
彼女の言葉が焦がす。
寂しさに乾き切った、僕の心を焦がす。
「だから、我慢しない方がいい」
彼女に、身体を抱き締められる。
防寒着を通して伝わるその体温は、思っていた以上に温かくて、少し驚いた。
それ以上に、渇望していた温もりに包まれて、心が喜んでいる。
そんな状態で、拒絶できるはずもなく。
「……そう、ですね」
僕は、彼女に身体を預けて、静かに泣いた。
泣いている間、グラシスさんは背中をさすってくれていた。
その手付きはまるで、亡き母のようだった。
「……ありがとうございました。恥ずかしいところをお見せしました」
涙が枯れるくらいには泣き続けたあと、次にやって来たのは、どうしようもない気まずさと羞恥心だった。
いい年した男が誰かに、しかもそれも出会って間もない女性に縋りついて泣くのは何とも恥ずかしい。
こんな事ならば、無理してでも耐えれば良かった、と要らぬ後悔すらしてしまうくらいだ。
「気にしないでいい」
僕の言葉に、グラシスさんは最初とは考えられなくらいに柔らかな声で返してきた。
数日で、本当に劇的に変わったと思う。
ここまでくると、最初のあの素っ気無いではすまない対応が懐かしくなってくる。
戻って欲しいかと問われると、そこは断固としてノーだが。
「我慢なんて、するもんじゃないですね」
そう言って、僕は笑う。笑えるくらいには、心にも余裕が戻ってきているようだ。
ただ、人肌の恋しさは完全には消えていない。一時的に収まっただけだろう。
一度知ってしまってからが怖い。知っているからこそ、それを持っていない時の渇きはより強くなってしまう。
そうすると、またグラシスさんに甘えてしまうだろう。そして、一時的に収まっても、また先ほどよりも強い渇きに飢える――悪循環しか見えない。
なるべく早く村に戻らなければ……。
「なら、私も――」
「お……あっと」
考えていたら、緩やかに押し倒された。
暗い天井を背景に、グラシスさんの顔が目前にあった。
こちらを見下ろす目は、戸惑いに揺れている。
「私も、我慢したくない」
「……何を我慢してるんで
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