「そういや、最近吹雪がひでぇな」
暇だ何だと言いながら、自宅に転がり込んできた友人と酒を飲み交わしていた。
彼はジョッキで麦酒を。僕は氷の入れたグラスで薄めの火酒を。
互いのペースで思い思いに飲みながら話をしていると、彼が窓を見て呟くようにそう言ったのだ。
「……まぁね」
僕も釣られるように、窓に顔を向ける。
まだ昼だと言うのに、外は薄暗く、窓を叩きつけるように吹雪いていた。
「まるで、全てを拒んでるみてぇだなぁ」
「村長も同じ事言ってたよ」
僕と友人は息を深く吐いた。
ここは、話によく聞く街路に灯りが照らされるような都会ではなく、万年吹雪に見舞われることもある、雪原地帯の小さな村だ。
別に太陽と仲が悪いわけではない。陽の光が雪原一帯を照らしてくれることもある。光を受けて輝く未踏の雪景色は、見る度に感動するほどだ。
しかし、最近は太陽が顔を見せてくれることはなく、吹雪が猛威を振るっている。
最近、と言いつつ最後に陽の光を浴びたのがいつだったか、定かではないほどに前の記憶だ。
「全く、こんなくそわるい天気じゃなくて、もっと天気の良い日に行きゃいいだろうが」
「知ってた? 村長の話だと、明日からはこれ以上に吹雪がひどくなるらしいよ」
「マジかよ。ならもっと後にするとかよ……あるだろうが」
友人が大袈裟に顔をしかめながら答える。
吹雪がひどくなるのは、正確には今日の日が暮れる頃からだが、言わないでおく。
村長の予報は信憑性が高い。
昔、誰もいない雪山で長い間生活をしていたことがあるらしく、その時に天気の様子が分かるようになったらしい。
子供の時は、目の前の友人と『村長は人間ではないのでは』と、様々な妄想を膨らませて一日を過ごしていたこともあるが、今となってはどうでもいい話である。
例え人間だろうとそうでなかろうと、村長は村長だ。
「ド正論だけど……理屈じゃないんだ、こういうのは。今日行くって、決めたからね」
グラスに入ってから全く小さくならない氷を眺めながら、僕は答える。
誰にでもあるだろう。理屈で片付けられない、自分の信念のような物が。この件に関して言えば、それに等しい。
顔を上げると、友人が納得しきれていない表情で椅子の背もたれに背中を預けていた。
「お前さ……変なところで頑固だよな」
「言われすぎてもう慣れたよ」
僕の言葉に、彼は大袈裟にため息を吐いてきた。
小テーブルを挟んだ向かい側にいるとは言え、漂ってくる息は既に酒臭い。
「はー、吹雪がひどくなった辺りからか、ここらへんで魔物も見かけるようになったって話もあるしなぁ。全く、これじゃおちおち外にも出られねぇよ」
「それは、これから野暮用で村の外に出る、僕への皮肉と捉えていいかな」
「気をつけろってことだよ」
友人は先ほどよりも真剣で、しかしヤケクソ気味な声色で言うと、ジョッキに入った麦酒をあおった。
そんな不器用な優しさを見せる友人に笑みが浮かぶのを止められず、それを誤魔化すように、僕は未だに溶ける気配が無い氷の入ったグラスに口を付ける。
「大丈夫さ。何とかなる」
「どうだかなぁ……お前は昔からお人好しだからな。魔物なんかにもコロッと騙されそうだ」
「それはさすがに無いだろう、って思うけどね」
この村にも、教団に属する人間がたまに訪れてくる。
その人の話では、魔物とは人間に襲いかかり、血肉を喰らう醜悪な魔物という話をよく聞く。
しかし、風の噂では魔王が代替わりした時から、全ての魔物は美しい女性へと変化し、人間に対しては友好的に接してくる、という話も聞く。
この村や、僕自身が完全な反魔物領に属しているというわけではないが、どちらを信じるかと聞かれれば、やはり直接人から聞くことの多い前者の話だろう。
これは僕の偏見かもしれないが、前者の話が本当であれば、人間を騙せるほど知能の高い魔物は少ないだろう。仮に知能が高かったとしても、獲物の少ないこの地域に居続けるのは得策ではない。
逆に、後者の話が本当であれば、話も分かるだろうし人間を騙して襲う必要も無い。
「それがお人好しだってんだよ。ったく、そんなんだからお前は彼女の一人も出来ねぇんだよ」
「余計なお世話だよ――っと。そろそろ、行ってくるよ」
最近になって事ある毎に言ってくる友人の軽口に返しながら、グラスの酒を飲み干して立ち上がる。
相変わらず溶けてくれない氷が気になって仕方ないが、これ以上長居するわけにもいかない。
外は薄暗いが、これ以上暗くなる前には村に戻っておきたい。
今日中に行かなければ次に行くのはいつになるかも分からないのだ。
「あぁ、またな。あと……親御さんによろしくな」
「伝えておくよ。あと、自分の家に戻るなら鍵はい
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