ゆえに二人は懺悔する

 ある街の外れにある小さな教会。私はそこでシスターをやっています。
 と言っても、空いていた教会を借りて細々とやっているので、神父様もおらず修道士も私だけなので、教会という言い方をしていいのか、微妙なところです。
 それに、この街の中心部に大聖堂がありほとんどそちらに流れてしまっています。なので、こちらに人が来る事は滅多にありません。
 ただ、一人を除いて。

 朝、教会の中に入ると、まだ起きたばかりの太陽がステンドグラスを通って堂内を照らします。
 静かな雰囲気もあってか、まるで神が直々に祝福してくれているような神々しささえ感じてしまいます。
 そんな中、祭壇の前に立ち、女神がこちらを見下ろすように描かれたステンドグラスに、祈りを捧げる小さな後姿がありました。
 足音を立てないように注意しながら歩み寄り、その子の後ろに立ちます。
 その後ろに立つと、彼の身体に刻まれた傷がよく見えてしまいます。
 服の首袖に半分だけ隠れていますが、彼の首と肩の間に、水ぶくれのようなものが出来ていました。きっと服の中にも、傷がたくさんあるのでしょう。
 やがて、彼は組んでいた手を外し、こちらに振り返ります。

「うわぁ! セレネさん!?」

 どうやらすぐ後ろに私がいるとは思わなかったようで、ひっくり返りそうになるほど驚いてくれました。
 私は気持ちを隠して、笑みを見せました。

「おはようございます。相変わらず早いですね、エル」
「お、おどかさないでください」

 彼はそう言いながら、後ずさるように私から距離を置きました。
 焦りと照れを混ぜ合わせたような、何とも複雑な表情をしています。

「お祈りの最中だったようですから、邪魔をしてはいけないと思ったんです」
「だからってそんな近くにいなくても……び、びっくりするじゃないですか」
「ふふっ、ごめんなさい」

 彼自身、あの傷を隠し通せていると思っているのかもしれません。
 私は、あなたが物事つく前から知っているんですよ。
 隠し通せるはず、ないじゃありませんか。

「……新しいお家ではうまくやっていますか?」
「あ、はい。よくしてもらってます」

 敢えてこの話題を振ったとき、答える直前にエルの表情がわずかに沈んだのを私は見逃しません。

 エルは家が放火に遭い、その時に両親を失ってしまいました。
 そうして一人になってしまった彼に、私が面倒を見ると話をしたのですが、彼の父親とお知り合いだと言う方が引き取ると言いだしたのです。
 衣食住を提供する代わり、その家の使用人として働くという条件付けで。
 まだ幼いエルを働かせる事に反対した私ですが、最終的には彼自身が望んで使用人になることを選んでしまいました。
 その決断に、私は未だ納得していません。はっきり言ってしまうと、今からでも引き取りたいくらいです。
 彼は隠し通しているつもりでしょうけども、その家で彼が受けている扱いが使用人以下の物であることは、身体中の傷を見れば分かることです。
 その家が彼に虐待を行っていることを公に示せれば、エルを私の元へと引き取ることもできるでしょう。
 それでも、そうすることが出来ないのは、エル自身がそれを拒んでしまっているからでした。


「……セレネさん?」

 気付けば、エルが心配そうな顔で私を見上げていました。
 私は何でもない事を笑顔で示しながら、その小さな頭を撫でました。
 恥ずかしがって私の手から逃げようとしましたが、すぐに甘んじて受け入れてくれました。顔を赤くして、でもくすぐったそうな表情に、思わず頬が緩んでしまいます。

「な、なんですか……子供あつかいなら、しないでください」
「何を言ってるんです。あなたはまだ年端もいかない子供ではありませんか。もう少し甘えてもいいはずです」
「……っ」

 私の事をおねえちゃんと慕い、無邪気に笑う彼を知っている私としては、その頃の彼と接したい。
 未だ、私の顔一つ分低い背丈の彼は、まだ幼い子供にしか見えません。
 むしろ年齢で言えば、誰かを支えるのではなく、誰かに支えられて生きる年齢です。
 そんなこの子が誰の手も借りようとしない姿は、見ていて痛々しいだけです。

「せめて私の前だけでも、素直になってください」
「そんなことできません。お母さんやお父さんの分まで生きなきゃいけないから」

 ――だから、誰にも甘えちゃいけないんです。
 その先の言葉は、私の手から離れることで、何も言わずに示してきました。

「エル……」

 私が呼ぶと、エルは首を横に振りながら、口の端を上げるだけの笑みで返してきました。
 何だか、とても遠い存在です。

 エルは、変わってしまいました。
 必要以上に無理をするようになってしまったのです。
 甘える事を辞め、頼る事を辞め、全て
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