ハーゲントラップ

 七月下旬。
 残業を終え、自宅の最寄駅に到着した修二は購入したコンビニ袋を片手に帰路についていた。
 夕飯がコンビニ弁当とはなんとも味気ないとは思うが、一人暮らしだとどうしても料理はおろそかになってしまうのは仕方ない。しかし、手軽である代わりに財布から金がすごい勢いで消えていくのは少々困りものだ。昼も買っていると尚更である。
 そんなわけで極力安い弁当を購入した修二だったが、ふと目に付いたハーゲンダッツのライチプリン味を衝動買いしてしまっていた。
「限定の文字はずるいよなぁ」
 これは自分だけに限ったことではないと言い訳し、つい買ってしまったお高いアイスだが、コンビニを出た時に気づいた。
 時期はもう夏。それに伴って、夜といえど日々気温は高くなっている。そして自宅までの距離は十分以上。
 ここから導き出される結論は家までハーゲンダッツ様がもたないという事実だ。百円おにぎり三個分に相当するのに、それはよろしくない。
 仕方なく途中で食べることにした修二は帰路から少し外れた道を歩く。多少遠回りになってしまうが、近くの団地に住む子供向けの小さな公園があるのだ。
 家とは真逆の方向に五分ほど歩くと、目的の公園に到着した。ブランコ、シーソー、砂場、ベンチにトイレと、いかにもデフォルトといった感じの公園は時間が時間なこともあって、修二以外に人の姿はない。
 垣根を背にしたベンチに座ると、さっそくハーゲンダッツを開けてみる。
「おお、溶けてない。素晴らしい」
 溶けてない高級アイスに感動しながらさっそく一匙すくって口に運ぶ。爽やかな味わいと甘さが広がり、三百円の価値はあったかなと悦に浸る。
 よく味わおうと、口に入れては溶かしてその味を楽しむ。だが、ちまちま食べていたのがいけなかった。半分ほど食べ終わる頃には溶けてきてしまい、すくった際に手にぽたりとアイスが垂れる。
「うわー……べたべただ……」
 手についた汁は舐めたものの、べたつきまでは取れない。夏ということもあって、不快なべたつきを放置する気になれなかった修二は迷った末にアイスをベンチに置いてトイレに向かった。ついでだからと用を足し、手を洗う。
 この時、修二はまさか食べかけのアイスを誰かに食べられるなんてことは少しも思っていなかった。せいぜい、少し溶けてしまうくらいにしか考えていなかった。
「あれ、人が……」
 トイレに行っている間に来たらしく、修二が座っていたベンチには学生らしき女の子の姿があった。手に持ったカップから中身をすくっては味わうように食べている。
 まさかそんなと思いながらベンチに近づいていく修二。いや、あり得ない。普通に考えて、ベンチに放置されている他人の食べかけのアイスを食べるわけがない。例え、それが限定のハーゲンダッツだとしてもだ。
「マジか……」
 食べられていた。女子学生の手にしているアイスカップのデザインは間違いなく修二が購入したハーゲンダッツだった。
「お兄さんどうしたの? 会社をクビにでもなった?」
 変な位置でどうしたものかと棒立ちになっていたからか、修二に気づいた女子学生が声をかけてきた。
「あー、いや、そうじゃないんだけど……」
 こういう場合、どう言えばいいのだろう。泥棒か? それとも弁償といえばいいのだろうか? しかし、あれは食べかけだ。それに対してあれこれ言うのもみみっちい気がする。
「あ、ひょっとしてこれ、お兄さんのだった? ごめんごめん、美味しそうな匂いがしたからついね」
 察してくれたらしく、首を傾げながら女子学生はそう言ってくれた。その顔が思った以上に整っていて、つい毒気が抜かれる。冗談抜きに、アイドル並みの容姿だった。
「あー、うん。一応、僕のものになるかな」
「まあ、座りなよ。話はちゃんと聞くからさ」
 アイスを食べる手を止める気はないらしい。アイスを取られたことよりも、こちらに対して少し注意した方がいいかもしれない。
 これも年上の役目とばかりに咳払いし、口を開きかけたところで修二はあることに気づいた。
 女子学生は行儀悪くベンチに三角座りをしていた。そのせいで、修二の目には彼女の下着がはっきりと見えてしまっていた。ピンクだった。
「ほら座りなって。それとも、そこで私のパンツ見てたいの? はっきり見えてるしね?」
 どこを見ていたのかばれていた。
「いや、見てない」
 それだけ言うと、言及されるのを避けるために大人しくベンチに座る。
「それで、君はここで何してるんだい?」
「今日は塾でね。帰るとこだったんだ」
「そうしたら、公園で放置されているアイスを見つけたと」
「いい匂いがしたからね。これは食べるしかないでしょ?」
 同意を求められても困る。
「よく人の食べかけを食べる気になったね」
「私にとって、誰のかが重要で、それ以外
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