彼女が願ったこと

 港町フローゼ。
 国に三つある港町のうちの一つで、他の二つと比較して城下町までの道のりが近いせいか、観光客の割合も多く、それだけ賑やかだ。
 ルークが知識として知っているのはそれくらいで、実際に行ったことはなかった。港は国にとって重要な箇所のため、しっかりと専用の拠点が設けられ、常駐する形で騎士団が滞在している。よって、港町への出張はないため、たまの休暇に足を伸ばしでもしないかぎりは訪れる機会もなかった。
 内陸では見たことのない品々を軒先に並べる露店の数々はルークの目を奪うが、足は止めずに港を目指す。
 魚の焼ける匂いと磯の香りが漂う通りを進んでいくと、やがて青い海が見えてくる。辺りの風景も住居や店から倉庫へと変わり、いくつもの船がちらほら目に入ってくる。
 まだ日が昇りきっていないことに加え、海からの風が容赦なく吹き付けて寒いはずだが、港で作業をする者達は慣れているのか、気にした様子もなく作業に励んでいる。そうして日々の仕事を営む人がいるなかで、洒落た衣服を着こんだ裕福そうな人の姿がちらほら見受けられるのが、いかにも人と物の玄関だと実感できる光景だった。
 港に到着したルークは辺りを見回し、ミラの姿を探す。世間的に有名なミラが素顔を晒して堂々と待っているはずはないので、一見しただけではわかりにくい装いのはずだ。
 ルークはそれらしい人物はいないかと目に入る人に視線を向けていく。たまに、それに気づいた人が目つきの悪さに慄いて身を引くなか、一人の女性を探し歩く。
 やがて旅船が密集して停泊している辺りに来た。ここまで来ると漁師や運搬作業をしている者の姿は減り、これから外に行く者と帰ってきた者、旅行者の姿が増えてくる。彼らは装いも様々で、似ているようで違う旅装はそれぞれ違った国から来たのだと証明しているようだった。
 そうした人々が行き交う港をしばらくうろついていた時だ。そこだけ人払いでもしたかのように静かな旅船があった。船上に人がいて荷物を積み込んでいるので、これから出港するのだろう。それを見上げるローブ姿の人物に、ルークの目は固定される。その人物は船を見上げ、次いで辺りを見回すという行為を繰り返していた。その様子は船を眺める観光者のようでもあったし、見知らぬ道に迷い込んだ少女のようにも見えた。
 ルークは迷うことなくその人物に向かって歩き出す。顔は見えないが、ミラだという直感があった。
 一歩を踏み出す度に、胸の奥で心臓の鼓動が早まっていく。それになんともいえない感情を抱きながらルークが彼女へ近づいていくと、向こうもふとした拍子にこちらへ顔を向けた。フードを目深にかぶってはいるが、その顔はやはりミラだった。
「ルーク……!」
 ミラが驚いた表情を浮かべ、次いで口元に笑みを浮かべるなか、ルークはその場で足を止める。
「来てくれたんだな……」
 ほっとした表情でミラが近づいてくる。ルークは黙ってそれを眺めた。
「ルーク……? どうしたんだ?」
 口も開かず、棒立ちになっているルークに、ミラも歩みを止めて美しい顔を若干曇らせる。
 心臓の鼓動が自然と早まり、それを堪えるようにルークは顔を少し俯けた。
「そう……か……。そういうことか……」
 不自然なルークの様子から、ミラは全て察したのだろう。ぽつりと呟いた言葉に、ルークは胸が締めつけられた気分だった。それを甘んじて受けながら顔を上げ、ミラを見つめる。全てを察して諦めたような笑みがあった。
「これが正しいことなのか、俺にもわからねぇ……。けど、どちらかを選んで、もう一人とは顔も合わせずにさよならは違うと思った。だから、俺はここに来た。隊長を傷つけるために」
 ミラの顔から笑みが消え、そっと目が下に向けられた。それだけでルークもやりきれない思いになるが、言わなくてはならない。
「俺は、隊長とは行けない」
 静かに、しかしはっきりと告げる。自分の選ぶ道はそちらではないと、意思を伝える。そのせいで、ミラがどれだけ傷つこうとも。
「隊長と行けば、きっと予想すらしない日々を過ごせるとは思う。俺自身、それはすげぇ魅力的だと思うし、きっと馬鹿なことを言ってどつかれながら、笑って歩いて行けたと思う」
 急な雨に降られて木の下で雨宿り、時には行商の馬車に乗せてもらい、何もない草原での野宿だってあるだろうし、辿りついた小さな町で羽休みをすることもあるだろう。
 一人でも楽しめると断言できることをミラと過ごせるなら、それこそいつでも笑っていられるはずだ。
 有り得たかもしれない想像に、ルークは自然と口元が緩んでしまう。だが、それをかき消すように浮かぶのは、本当にどうでもいいことでいちいち喜ぶミーネの笑顔だ。
「けどな、あいつを置いていくという選択は俺にはできない。馬鹿で、アホで、ドジで、変に意地っ張り
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