前夜

 残り一日。
 朝目覚めて真っ先に頭がそれを考えた。多くの人にとっては、祭日でもなんでもないはずの明日。だが、ルークは明日という日がこの国にとって忘れられない日になると思っている。なにせ、ミラがいなくなるのだ。それがどれほどの影響を及ぼすのかは想像もつかないが、騒ぎになるのは間違いないだろう。その時に自分が騎士として騒ぎの収拾に当たっているのか、または当のミラと一緒に船の上かはわからない。そんな妄想に近いような出来事が、明日には起こるのだ。そう思うと、なぜか笑えてしまった。
「ほんと、この状況はなんなんだろうな……」
 ぼやきながら制服に着替え、いつもの如く朝礼に向かう。しかし、その途中でおかしなことを言われた。廊下でカリムと出会ったのだが、ルークを見るなり胡散臭そう目を向けつつ、
「なんだルーク、お前は今日は休みだろ? それなのに制服着てるなんて寝惚けてんのか?」
 そう言ってきたのだ。
「あ? お前、なに言ってんだ。俺、休みを出した覚えはないぞ」
「そんなこと言っても、今日と明日の出勤にお前は入ってなかったぞ。どうせミーネちゃんとデートの約束でもしてあるんだろ? 昨日はこの町に泊まったみたいだしよ。ちっ、朝から気分が悪くなるなまったくよぉ」
 朝からいらん誤解で絡んでくるカリムは鬱陶しいことこの上なかったが、言われた内容は覚えがない。しかし、同じことは以前にもあった。
 心当たりがあったルークはカリムとの会話を切り上げて即座に向かう先を隊長室へと変更する。静かな廊下を足早に歩き、見慣れた扉をノックすると「入れ」の声を待って、今日の仕事を強制的に休みにした人物の部屋に滑り込んだ。
「朝から真面目な顔をしてどうかしたのか?」
 書いていた書類から顔を上げてルークを見たミラは小さく笑ってそんなことを言った。
「今日も尊いお勤めだと思っていざ朝礼に出ようとしたら、休みだと言われたんでな。どういうことなのか、説明を聞きに来たんだよ」
「明日が期限だからな。今日は一日よく考えてほしいと思って休みにした。明日が休みな理由は言わなくてもわかるだろう」
 ミラの目がこれでいいかと見つめてくる。その視線から逃げるように顔を逸らし、ルークは頭をかいた。
「まあ、そんなことだろうとは思ってたけどな。しかし、今日はどこかに行こうとは言わないのか?」
 以前は馬車で劇の鑑賞と食事に出かけた。あれは、今思えば立派なデートだったわけだ。
「できればそうしたいところだが、生憎と今日までは騎士団のミラとして振る舞う必要があるからな。よって今日はお前とのんびり過ごすことはできそうにない」
 そこまで言って一呼吸置き、ミラはこう続けた。
「だからお前は今日一日好きにするといい。明日に備えてな」
 そう言って小さく笑うと、ミラは再び書類の作業に戻った。
「隊長は俺の気を引こうとは思わないのか?」
 久しぶりの軽口が自然と口から出た。それも、かなりらしくないものが。
 それを聞いたミラは少し驚いた顔をしていたが、すぐに真面目な表情になると椅子から立ち上がってルークの傍まで来た。ほんの少し前だったなら、この後ミラにされることといえば、恐怖の鉄拳しかなかった。だが、今はどうなのだろう。
 以前とは違った緊張を身体に走らせていると、ミラの手がすっと伸びてきて、ルークの服を掴む。そのまま引っ張られたと思ったら、次の瞬間には頬に温かくて柔らかいものが押し当てられていた。
「っ……!」
 あまりにも予想外すぎて声にならない。しかし、ルークが醜態を晒すより先にミラの顔がぱっと離れていき、ひとまずは助かったようだった。
「今日はこれだけだ」
 そう言ったミラの頬はほんのりと赤くなっている。それを見られたくなかったのか、ミラはすぐに身を翻してしまった。
「さあ、話が済んだのならもう行け。私もこれから朝礼に行かなくてはならないからな」
 あまりにも大胆な行動に出られ、呆気に取られていたルークはそこでようやく固まっていた身体をぎこちなく動かし、頬に触れる。僅かにしっとりしているそこは他よりも少し温度が高くなっているように感じる。
「……ここまでされてまだ悩んでるような俺なのに、隊長は愛想を尽かしたりはしないのか?」
 肩越しにミラが振り向いた。その表情には少しだけ呆れたような笑みが浮かんでいる。
「嬉しいからな」
 ぽつりと言うと、ミラは自分の席に戻っていき、ルークが部屋に来た時のように椅子に座った。そのまま机に身を乗り出すと、少しだけ期待するような目で見つめてくる。
「悩んでいるということは、私にも可能性はあるのだろう? 真剣に考えてくれているのは素直に嬉しい。だからな」
 ミラの口元が寂しげに笑った。
「明日、お前が来るのを待っているぞ」
「……」
 どう返事をしていいかわからず仏頂
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