残り三日。
見回りをしていても、そのことばかりが頭にちらついた。
そこの曲がり角にはお気に入りのパン屋がある。通りを挟んだ向かい側には激烈にまずい酒場。それ以外にも、ルークの知っている場所は何一つ変わっていない。そもそも、町がそう簡単に変わることはない。そんな町を見回るルークの仕事だって同じだ。ただ、日常は変わらなくとも、ルークを取り巻く状況は変わっていた。
その原因とも言えるミラはといえば、いつも通りの表情でルークとともに見回りをしている。その様子はこれまでと少しも変わらない。そんなミラの様子を見ていると、昨日の出来事は夢だったんじゃないかと思う。だが、ミーネの時と同様に好きだという言葉が耳に焼きついている。
横目でミラを盗み見ると、やはり普段と変わらぬ表情で辺りに目を向けている。挨拶をされればしっかり応じているし、軽く談笑を交わしてもいた。貴族であるという事実も含まれてはいるだろうが、それでもその様子は誰からも慕われる、人望溢れる一人の女騎士だった。そんなミラから好意を寄せられているという事実がどうしても理解できない。
改めてミラをそういう目で見てみると、目はぱっちりとしているし、肌はなめらかで触るとすべすべしていると一目でわかる。唇だってつやつやとしていて、触ったら間違いなくやわらかいだろう。今までほとんど気にしていなかったが、改めて見れば美人である。
容姿に恵まれているという点ではミーネも同じだ。狐の耳と尻尾というおまけはついているが、それを差し引いてもあの娘が男にとって好ましい容姿をしていることは、同僚達の反応を見ても明らかだ。
そんな二人から告白されている今の状況は、見方によっては恵まれているのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ミラを再び横目で見る。その整った顔を見ていると、今更ながら隣りを並んで歩いているのが気恥ずかしくなってきた。
「ルーク」
いきなり名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。
「……なんだよ」
盗み見ていたことがばれないように低めの声を出すルークだったが、ミラはきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、近くの路地裏に入っていく。そこでルークに来るように手招きする。
「なんだ……?」
大人しくついていくと、ミラは小さく笑って言った。
「さっきから私の顔ばかり見ているようだが、なにか言いたいことはあるか?」
「それは……」
ばれているとは思わなかっただけに、ルークは言い訳が思いつかず、視線だけが逃げる。ルークのそんな反応にミラは確信を得たらしく、少しだけ身を近づけてきた。
「その……したいのか?」
「いや、したいって、なにをだ……?」
ここで下手な誤解をするととんでもないことになるのはわかったので、とりあえずミラに確認すると、その顔が少しだけ赤くなった。
「その……口づけ……だ……」
「なっ。そういうわけじゃっ」
「したいなら、してもいい」
ミラらしからぬ大胆な発言に、ルークは思わず見返していた。
「私と一緒に来てくれたら、好きなだけしていい」
今度こそルークは絶句するしかなかった。次いで、目の前にいるのは本物のミラなのかとじっと見つめる。アンバーの瞳と目が合うと、ミラの頬が更に赤くなった。
「な、なんだ。私が素直に言っているのだから、なんとか言ったらどうだ……?」
「いや……。その、積極的すぎないか……? 恥ずかしくないのかよ……?」
「恥ずかしいとは思ってる。ただ、もう言ってしまったから開き直っているだけだ」
照れているのが丸わかりの表情で、ミラは少し不貞腐れるようにそう言った。
対するルークは内心で非常に焦っていた。自分の発言に照れているミラが新鮮で、どうも隊長としてではなく一人の女性として見えてしまったのだ。それ自体は別におかしいことではないのだが、ルークのミラに対するイメージは面倒見のいい隊長というもので、失礼かもしれないがそこに性別は含まれていなかった。その性別を認識した途端に、相手は美しい女なのだとはっきり意識してしまう。
ミーネの時もそうだったが、女だと意識させられるともう駄目だ。
ろくに返事を返さないルークにどう思ったのか、ミラは小さくため息をつくと、追及するようなことはせずに話題を変えてくれた。
「ああ、そうだ。昨日言うのを忘れていた。ミーネに今度会ったら、時間があったらこの三日間のうちに私の所に来てほしいと伝えてくれ」
「あ? あいつになにか用でもあるのか?」
「まあ、そうなるな。女同士の話というやつだ」
ミラは意味深な笑みを見せる。
それを見て、一瞬、ミーネにも告白されていることを知っているのかと思った。だが、それについて悩んではいても、誰かに話したことはない。
なんにしても、これ以上ミラに責められるときつかったルークは茶化さずに
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