静かな稽古場に金属同士がぶつかる音が響いた。剣を手にした男女が真剣な表情で互いの剣をぶつけ合っていた。
一人は動きやすそうな服装の青年。身体つきはしっかりしているものの、まだその顔には幼さが残っているという、まさに成長途中といった容姿だ。
彼に対するは青を基調とした絢爛な鎧に身を包み、艶やかな銀髪を背中まで垂らした美しい女性。それだけでなく、純白の羽まで有していて、清楚や高貴といった言葉がこれ以上なく似合っていた。
一組の男女はそのまましばらく無言で剣を打ち合わせていたが、疲労が限界に達したのか、ふとした拍子に青年が手にしていた剣が彼女の剣によって弾き飛ばされた。ぴたりと動きを止める青年の眼前に剣が突きつけられる。そこで彼は両手を肩の高さに上げた。
「参った、降参」
緊張が解け、軽く上がった息を整えながらの降参宣言に、彼女は剣を納める。
「大分動けるようになってきましたね。しかし、武器を手放すことは、戦場では死を意味します。例えどんな状況に置かれようと、今後そんな真似はしないように」
「厳しいな。俺はディアナについていくのがやっとなのに」
「泣き事は認めません。あなたはもうすぐ訓練を終えて一人前の勇者になるのですから、そういう軽はずみな言動も控えるように」
じろりと睨むと、青年アーネストはバツが悪そうに頭をかいた。
「悪い。気をつける」
「よろしい。では、今日の訓練はここまでにしましょう。明日は魔法中心に訓練しますから、一通り復習しておくように」
「わかった。それでだなディアナ」
「なんですか」
目を向けると、アーネストは視線だけを別方向に逃がした。
「その、今夜、空いてる時間はあるか? 大事な話があるんだが……」
「大事な話? それなら今ここですればいいでしょう。幸い、この後はそこまで時間を取られる用事もありませんし」
「いや、今じゃ駄目なんだ。夜で頼む」
慌てたように手を振るアーネストの頬が僅かに赤い。しかし、ディアナは彼の言葉が気になってそちらには気付かなかった。
「なぜ夜なのです。訓練の後は早めに休むようにいつも言っているでしょう」
「いや、分かってる。ただ、色々と準備が必要でだな……」
「準備? 話すのに準備が必要なのですか? 一体、どんな話を……」
「だ、だからっ! それは夜に話す! 時間はあるのか!? ないのか!?」
喚くようにまくし立てるアーネストは少し見苦しかった。それにため息をつきつつ、彼を見つめる。
「……わかりました。では、今夜、お話を聞かせてもらいます。そこまで言うからには大事な話なのでしょうし」
「ほんとか!?」
パッと彼の顔が明るくなる。そんな様子は子供そのもので、ディアナは今後彼が勇者としてしっかりやっていけるか不安を感じてしまう。今夜会ったときに注意しておいた方がいいかもしれない。
「ええ。それで、お話というのはどこでするのです。私があなたの部屋へ行けばいいですか」
「い、いや、俺の部屋は駄目だ」
「では、どこで?」
「十時にここでっ!」
ディアナは首を捻った。大事な話なのに、こんな場所でいいのだろうかと。
「ここでですか? まさかアーネスト、大事な話というのは明日の魔法の訓練についてなのでは……」
アーネストは魔法の扱いがあまり上手い方ではない。もちろん一通りの魔法は教えたし、扱えるのだが、彼は魔法よりも剣で戦う方が向いているらしく、ディアナもアーネストの得意な方を伸ばすようにはしている。だからといって魔法をないがしろにしていいわけでもないので、定期的に魔法も訓練しているのだ。
「いや、それも大事だが、そうじゃない……」
「そうですか。まあ、どうせ会うのですから、その時に少し復習の手伝いもしてあげましょう」
「あ、ああ……。じゃあ、また夜になっ」
曖昧な返事を残すと、アーネストは足早に稽古場を去っていった。それを見送ると、ディアナは稽古場に目を戻す。端の方につい先程までアーネストが使っていた剣が転がっていた。
「まったく、使った物はきちんと片付けなさいと言っているのに……」
アーネストはだらしないところがある。彼の部屋がそのいい例で、なぜこんな状態で平気なのかと正気を疑いたくなるくらいに散らかっている。今夜の大事な話とやらも、自分の部屋では散らかっていてディアナのいる場所がないからだろう。
今夜会ったらまずは説教から始めようと思いながら、ディアナは剣を拾い上げた。
時計の針が間もなく約束の時間になることを示していた。
それを確認したディアナは椅子から腰を上げ、部屋の扉に向かいかけたところで足を止める。
「今夜は復習するだけですし、鎧は必要ありませんね……」
魔法の鎧なので、別に身につけていても重さはまったく感じないのだが、夜にまで鎧姿で外を歩いていると
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