第十章

 待ち合わせの場所は市役所の一室だった。応接セットが一つ置かれただけの質素な部屋だ。普段は使用しない部屋を指定したのは、ここでする話が他人には聞かれたくない話だからだろう。
 バートが向かい合ったソファの一つに座ってくつろいでいると、十分ほどしてからリージオが部屋に入ってきた。その手には小さな盆を持ち、二つのカップが乗っていた。
「待たせたな」
「いーえ、忙しいのはお互い様でしょうから」
 扉を閉めると、リージオが向かいのソファに座り、テーブルにカップが置かれた。コーヒーの香りが鼻をくすぐった。
「では、さっそく経過を聞かせてもらいたい」
 バートは持参してきていた報告書をテーブルに置いた。
「こちらがシオスに関するものです」
 ここ数日で分かったことをまとめた調書を手に取り、リージオはさっそくそれに目を通しはじめた。そこでバートはもう一つ、調書を取り出してテーブルに置いた。
「で、これが僕個人で調べたものです」
「これは?」
 後から置いた調書がシオスのものより多かったからか、それを見たリージオが疑問の目を向けてきた。
「シオスの妻に関するものです」
「カトレア、か。結婚していたのか」
「ええ。それも、一月ほど前に」
 カトレアに関する調書を見ていたリージオが鋭い目を向けてきた。
「本当か? だとすると、シオスの裏金について関わっている可能性ありか」
「ええ、僕も同意見ですね。まずは調書に目を通して下さい。話はそれからにします」
 リージオが報告書を読んでいる間、バートはコーヒーを口に運んだ。それが半分ほどなくなったところで、リージオが水を向けてきた。
「これを見る限り、カトレアという人物は随分と興味深いな」
「怪しい、とは言わないんですか」
 リージオは小さく笑った。
「率直に聞きたい。お前はこのカトレアという女をどう判断している?」
「間違いなく黒かと。調書を見てもらったからわかると思いますが、彼女の来歴については未だ何も掴めていません。それでもそうだと言えます」
 リージオに見せた報告書には、カトレアについてほとんど詳しいことは書かれていなかった。彼女を怪しいと睨んでからは調査対象をカトレアに限定して調べたにも関わらず、有力な情報はまったく得られなかったのだ。バートとしても、今回の報告は少々不本意だった。ここまで何もでてこないとは思わなかった。
「ふむ。シオスの裏金にこの謎の女が一枚噛んでいる可能性は高そうだな。しかし、肝心のカトレアについてはほぼ白紙と」
「ええ。もしかしたら、裏金は全てカトレアが用意したかもしれません。シオスの方も調べてはみましたが、彼はどうもそこまで商才に恵まれた商人ではないようなので」
「その意見には私も異論はない。言葉を選ばずに言えば、私が調べた結果でも彼はうだつの上がらない町商人という感じだった」
「では、対象はカトレアに絞って構いませんね?」
「そう結論するのはまだ早い。なぜカトレアはシオスと組んだのかが気になるからな」
 リージオはそう言って足を組んだ。
「それなんですがね。彼はカトレアにとっての隠れ蓑なんじゃないですか」
「どういう意味だ」
 バートは身を乗り出した。
「そのままの意味です。カトレアの素性は謎に包まれている。そんな彼女が一人でこの町で店を開くとなると、どうしたって目立ってしまう。実際に会ってみましたがね、あれはすごい美人だ。容姿だけで話の種にできますよ。だからこそ、本来なら代表になるところをシオスに任せて自分は『S&K』の店長に納まってるんじゃないですか。しかし、裏ではカトレアが全ての糸を引いている」
「なるほど。あくまでトップではなく、補佐という位置から全体を操っているというわけか」
 リージオは納得したように頷いた。だが、その顔は晴れなかった。
「可能性としては有り得る話ではある。だが、それは誤りで、シオスがカトレアをいいように動かしている可能性もあるだろう」
「彼がですか。シオスにはまだ接触できてませんが、カトレアを自分のいいように動かせるとは思えませんよ。あれはただの女じゃない」
 商人という連中は皆一筋縄でいかない者ばかりだが、その中でもカトレアは特に厄介だと言える存在だ。その彼女を思うように扱える男はそうそういない。バートはそう判断している。
「彼女と直に会ったお前の意見を無視するつもりはない。だが、どんな厄介な相手でも、そこに特別な感情が絡んでくると話は別だろう」
「恋愛関係ですか」
「ああ。愛する人のためならどんなことでもしてしまう。それは、私を見ていたなら分かるだろう?」
「それは、まあ……」
 リージオの顔に自嘲の笑みが浮かび、バートは居心地悪く顔を逸らした。
 リージオには婚約者がいた。リンという名前の落ち着いた雰囲気の美人で、いかにも大人の女性と
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