縮まっていく距離

 馬に揺られ、ルークは珍しく頭を悩ませていた。天気は快晴である。こんな日はのんびりしたいのに、それができないのがもどかしい。その理由は先程ミラに言われたことだった。
「そろそろ傷の具合も良くなってきているだろう。仕事も段階を追って本来通りに戻していくぞ」
 それはつまり、以前と同じように一日フルで仕事ということになる。それは別にいい。元々はそうしていたわけで、今が特殊なだけだ。問題なのは、今向かっている先にいる小娘のことだった。
「どうすっかな……」
 以前と同じように一日の仕事になれば、当然ミーネの所に行っている余裕はない。ないわけではないが、厳しいものがある。それを言った時のことを考え、憂鬱になっているのだった。
 そうしているうちにミーネの家に着き、やや面倒な気分になりながら扉をノック。だが、返事がなかった。
「また寝てんのか……?」
 以前に同じ状況になった時には緊張したものだが、その理由が昼寝をしていたからだったので、今回は呆れるだけだ。
 ため息をつき、すっかり見慣れた扉を開けて家に入り、すぐにロビーに向かった。ルークは予想では、そこに眠りこけているミーネがいるはずだった。しかし、ロビーは無人で、肝心のミーネの姿はない。
「?」
 じゃあキッチンかとそちらも覗いてみたが、やはりミーネはいなかった。
「なんだ? どこ行ったんだ……?」
 軽く首を捻った時だ。微かだが、ミーネの声が聞こえた。
 聞こえたのは普段はルークが立ち入らない扉だった。しばらくどうするか悩んでみたルークだが、今更遠慮しなくてもいいかと思い、扉を開ける。
「なんだ、風呂かよ……」
 扉の先は脱衣所だった。その先の曇りガラスの向こうで、肌色が動いている。シャワーの音に混じって鼻歌が聞こえてきていた。ルークが先程聞いたのもこれらしい。
「おいミーネ、まだかかりそうか?」
「えっ!? ルーク、いつ来たの!?」
「今だよ。それより、まだかかるのか?」
「あっ、えと、もうすぐ出るから! ちょっと、待ってて!」
「いや、急かす気はないから、ゆっくり入れよ。俺はロビーで待ってるわ」
 そう言い、踵を返そうとした時だった。
「あ、ルーク! あのね! 今、お風呂なんだけど……」
 見りゃ分かる。そう言おうとしたルークだったが、続くミーネの発言で凍りついた。
「その……一緒に入る?」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 頭の機能が停止したルークが何も言えずにいると、ミーネも自分のうっかり大胆発言に気付いたらしい。慌てた声が飛んできた。
「あっ! えっと、今のは冗談だよ!? 冗談だからね!?」
 そこでようやくルークの頭が復活した。
「馬鹿言ってないで、さっさと上がってこい!」
 つい先程ゆっくり入れといった台詞と矛盾しているが、そんなことにはかまっていられない。
 ルークは返事を待たずに逃げるようにロビーへ戻り、ソファに身を投げた。
「ったく、あのバカ狐は……」
 胸がどきどきしているのが腹立たしくて悪態をつく。ここに来るまでに悩んでいた俺の時間を返せと言いたい気分だ。
 考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、ソファにぐったりと背を預ける。そうすると、以前の昼寝をしていた日が思い出された。
 あの日は確か一緒に買い物をしに行く約束をしていて、なぜかルークがミーネの着ていく服を選ばされたんだった。そしてその後……。
「っ!」
 そう、その後は狐娘のうっかりで下着まで選ばされそうになったのだった。しかも、ガラス越しにシャワーを浴びてるミーネを見てしまったせいで、あの日見せられた空色の下着を身に付けたミーネを想像してしまい、ルークの眉間に皺が寄る。
 その時だ。不意に視界が真っ黒になった。
 温かくて柔らかい手の感触。石鹸の香りがするのは今まで風呂に入っていたせいだろう。
「だ、だ〜れだ?」
 そして少し上ずった声が頭の後ろから聞こえた。
「……おい、なに変なことしてんだ? のぼせたのか?」
 誰だもなにも、この家にはルーク以外ミーネしかいないだろうに。
「こ、答えてくれるまで、手は外しませんっ」
 なんだか意地になった声が聞こえた。それを面倒くさいと思いながら、ルークはその名を呼ぶ。
「ミーネ」
 その途端にぱっと手が外された。それと同時に振り向くと、頬を赤くしつつ唇を波打たせたミーネがいた。
「えへへ……正解」
 唐突な意味不明の行動に、ルークはため息しか出ない。
「えへへじゃねぇ。なんなんだ、今のは」
「えっと、それは、その……。その、す、す、すっ……」
 更に顔を赤くし、どもるミーネ。
「す、すぐにお昼の準備するから!」
 ようやく出てきたのはそんな言葉だった。しかも、それだけ言うと、本人は慌てた様子でダイニングに行ってしまった。
「なんなんだ、あの狐は……」
 結局
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