第九章

「バート、リージオさんが呼んでるぞ」
 バートが倉庫の片隅で小麦の在庫チェックをしていると、マルコにそう声をかけられた。
「ボスが?」
「ああ。久しぶりに本来の仕事ができるんじゃないか?」
 マルコは梳かすように髪を撫でた。頭頂部は既に禿げあがっているので、残っている両脇の髪を撫でるのが彼の癖だった。
「でしょうね。まあ、ない方がいいんですけど」
「違いない。だが、必要な仕事だ。ほれ、後は引き受けるから行って来いよ」
「すいません。お願いします」
 書き途中のリストをマルコに預けると、バートは倉庫を出た。暗い倉庫にいたからか、扉の外の明るさが目に痛い。
 たっぷりと時間をかけて上司の部屋に向かうと、ノックせずに扉を開けた。
「失礼します、ボス」
「来たか」
「そりゃ、呼ばれましたからね。やっぱりお仕事ですか」
「ああ。それも、久しぶりに厄介そうだ」
「そうなると、レナードと分担作業ですね」
「残念だが、今回はお前一人で頼む」
 リージオが事もなげに言い、バートは軽く目を見開いていた。
「一人って、レナードはどうしたんです? 何か別件で動いてるんですか?」
「いや、あいつは今、休暇を取って旅行中だ。あと一月は戻らん」
「旅行って、これまた珍しいことを……」
 仕事仲間なのでレナードのことはよく知っているが、旅行が趣味だという話は聞いたことがなかった。
「私も同意見だ。だが、あいつは土砂の撤去をきちんとやり終えたからな。実直な仕事には、きちんと報酬を出さねばならない」
「やり終えたって、あれをですか。僕も一度見に行きましたけど、一人でどうこうできるものじゃなかったですよ」
「だが、あいつはやった。どういう手段を用いたのかまでは知らないが、見事なものだったからな。その対価にと言われれば、頷くしかない」
「わかりました。とりあえず、今回はレナードなしってわけですね。それで、肝心の仕事は?」
 本題を切り出すと、リージオは机に書類の束を置いた。
「今回、お前に調べてもらうのは『S&K』という商会だ。これが資料になる」
「薄いですね」
 手渡された資料はいつもと比べて格段に薄かった。これでは内容もたかが知れている。
「薄いのは仕方ない。なにしろ、この商会は今月にオープンしたばかりでな。過去の資料なんてものは存在していない」
 バートは資料にざっと目を通した。確かにオープンの日付は今月になっていた。
「今月オープンね。ボスは具体的にこいつのどこが怪しいと思ってるんです?」
 資料から目を向けると、リージオと視線がぶつかった。
「勢いがありすぎるところだ」
 リージオは椅子から立ち上がると、近くの窓へと歩み寄った。
「詳しい数字は私にも分からないが、商人に聞いたところだと一日の売り上げはこの町でも五指に入っているそうだ。開店して一月でな」
「まあ、それは確かにすごいっちゃすごいですね。しかし、新興勢力ってのはいつも勢いがあったでしょう。単に、上手く駆け出しているってだけでは?」
 過去の経験を元にした発言だった。当然、リージオもそれは分かっているはずだ。
「カーネスト」
「なぜそこで港町の名が出てくるんです?」
 カーネストとはカーリ川を下った先にある港町だ。この国の玄関とも言える町で、その名はカーリ川の名をもじってつけられた。そんなカーネストがなんの脈絡もなく出てきたことがわからなかった。
「関係あるからに決まっている。そこに『S&K』の二号店が開店予定だそうだ」
「二号店? いやいや、本店が今月オープンしたばかりでしょう。なのに、もう二号店だっていうんですか?」 
 どうも怪しくなってきた。本来なら店一つを開店するのにも多大な資金がいるはずだ。まして『S&K』はオープンしたばかりで、資金は限りなく減っているはずだった。
「ようやく真面目な顔になったな。その通りだ。この短期間に二店目を出すほど稼ぐなど不可能だ。だが、実際に『S&K』は二号店の開店準備を進めている。なら、その資金はどこから出ている?」
「不正の可能性有りってことですか」
 リージオは頷いた。
「ああ。これで今回の仕事は分かっただろう。まずは『S&K』の資産から探ってくれ」
「了解。じゃ、まずは代表の人間からですね」
 これだけ堂々と動いているとなると可能性は低いが、まずは妥当な手順からだろう。
 そこでリージオは机の引き出しを開けて書類を取り出した。
「いや、それについては少し調べた。代表の名前はシオス。『ソロニール』という店で果物と野菜を扱う町商人だな」
「それが今はこの町でも有数の実力を持つ商会の主ってわけですか。過去に商人を調べることはありましたけど、野菜と果物を扱ってる人ははじめてですね。そんなに儲かるんですか?」
「それについては少々気になることがある。お前、トリコ
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