第七章

 自分の家に女ものの服があることが、シオスは不思議で仕方なかった。それ以外にも装飾品や化粧道具といった女性ならではの物が部屋の一角に置かれている。それらは全てカトレアのものだ。所帯持ちとなるシオスは今日までいまいち実感が湧かなかったが、こうして彼女の私物を見ると緊張してくる。
「どうしたのシオスさん。手が止まっているわよ?」
 マームに注意され、シオスは慌てて掃除の手を再開した。
「ああ、すいません。彼女の物を見てたら、本当に結婚するんだなと思って」
「ふふ、まあ惚けるのも分かるわ。あんな美人のお嫁さんをもらうんだものねぇ」
「ええ、まあ……」
 嫁と聞くと照れくさくて、シオスは頬をかいた。マームはその手をはたくように叩く。
「ほら、きちんと掃除する。この部屋で終わりなんだから、早く済ませてしまいましょ」
 マームに急かされ、まとめたゴミを回収して袋に入れる。それを何度か繰り返して綺麗にすると、ようやくマームから及第点が出た。
「お疲れ様。これで後は花嫁の到着を待つばかりね」
「すいません、マームさん。こんなに手伝ってもらって」
「私が好きでやっているんだからいいのよ。この歳になると、世間話とあなたの世話くらいしかすることがないし」
 結婚こそしていたマームだが、子供には恵まれず、夫も病でこの世を去っている。そのせいか、シオスを我が子のように見ていることはシオスも知っていた。
「いいえ、おかげで助かりましたよ。僕一人では今日までに終わらなかったでしょうから」
「まったく、シオスさんはそういうところが駄目ねぇ。今日からは気持ちを入れ替えないと、奥さんに逃げられるわよ?」
 本当にその通りなので、シオスは苦笑するしかない。普段の生活でだらしないところを見せて、彼女を幻滅させるような真似だけはするまいと心に誓う。
「愛想を尽かされないように努力します。そんなことになったら、マームさんにも怒られるでしょうし」
「当然よ。私は結婚式を挙げてないことだって、まだ許してないんですからね」
 シオスは再び苦笑し、両手を上げて降参を示した。
 結婚式を挙げなかったのはカトレアの希望だったからだ。代わりに宿を一日借り切って、親しい人だけでの小さな宴会をした。その際にカトレアも町にいるという知り合いを呼んだのだが、それがエステルだったことはシオスも少なからず驚いた。黒いドレスに身を包んだエステルは妖しい魅力を放っていて、彼女を呼んだのはシオスだと思った知人の何人かが紹介してくれるように頼んできたくらいだ。マームも驚いていて「浮気しちゃ駄目よ?」と変な釘を刺されたことは、昨日のことのように覚えている。
「その分、きちんと彼女を幸せにしてみせますよ」
「ええ、そうしてちょうだい。間違っても妻を残して先に天国に行っては駄目よ」
 マームの自虐的な冗談にどう返事をしたものか考えるシオスだが、マームは言いたいことを言ってすっきりしたのか、自分の荷物をまとめて手に持った。
「さてと。じゃあ後は若い二人に任せるとして、私はこれで帰ることにするわ」
「随分急ですね。何か用事でも? 手伝ってもらったお礼に、お昼をご馳走しようと思っていたのですが」
「あら、そんな気遣いは無用よ。その気持ちはお嫁さんに向けてあげなさい。じゃあね、シオスさん。次はおめでたの報告を楽しみに待っているわ」
 おせっかいなマームらしく、あまりにも気の早い言葉を残して玄関に向かって行く。その後ろ姿を見て、シオスはふと違和感を感じた。
「なんだ……?」
 何かおかしいと思ったが、すぐに答えは出た。マームの背中がやけに小さいのだ。以前は恰幅のよい体型だったはずだが、今は大分肉が落ちた気がする。しかし、それがいつからかは思い出せなかった。トリコフルーツを売るようになって、購入したマームから肌のつやが良くなったという話は耳にタコができるほど聞いたが、痩せたという話は覚えがない。
「幸せすぎてボケたかな……」
 頭をかくと、シオスはカトレアの荷物を抱えた。しみついているのか、僅かに彼女のいい匂いがした。それが鼻をくすぐった時、マームの体型のことはシオスの頭から消えていた。


 寝室の扉を開けると、新品のセミダブルのベッドが目に入った。結婚するにあたり、今までの質素なベッドから買い替えたものだ。これによって、部屋が少し狭く見えた。
 シオスはベッドに腰かけると、落ち着かない様子で部屋の扉とベッドに目を行き来させた。夕食をすませ、今後の商売について語り合い、カトレアは現在入浴中だ。シオスは先に風呂をすませて、寝室で彼女が来るのを待っていた。
 そっと頬に触れると、そこはまだ熱を持っているようだった。風呂に入る直前にカトレアから「私が来るまで寝ちゃ駄目よ?」とキスをされたのだ。それが意味することを悟り、シオス
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