「はあ、はあ、はあ…」
グレイは走っていた。見知らぬ森の中を。
見たこともない木々と植物が生い茂る森は不気味以外の感想が出てこない。
そんな森を、夜に走っていた。
不幸中の幸いなのは、今夜は満月ということだろう。
そのおかげでこんな不気味な森でもなんとか先が見える。
ただ、グレイが走っている理由はなにもこの森をさっさと抜けたいからではない。
もちろんそれも理由の一つだが、最大の理由は『アレ』から少しでも遠ざかるため。
こんなわけのわからない場所を走っているのも、全て『アレ』のせいだ。
それでも、グレイの心を支配しているのは怒りではなく、恐怖。
それくらい、グレイは『アレ』が恐ろしかった。
どれだけ走っても夜では逃げ切れる気がしないが、それでも走るしかない。
そう思って走っていると、開けた場所に出た。そしてその先にあるのは一軒の家。
助かった、これで一息つける。
もしかしたら、助けになってくれるかもしれない。
そんな期待とともにグレイは家に走り寄り、扉を開けた。
「助けて下さい!!」
勢いよく扉を開け、そう叫んだ。
「どちらさま?」
少しの間を開けて奥から出てきたのは一人の女性だった。
「俺は―!」
全て説明できなかった。
なぜなら、その女性には尻尾があったから。
魔物だ。
なんてことだ。
期待を込めて入った家が『アレ』と同種の存在の家だったとは、とんでもない不幸だ。
背中に冷たい汗が流れる。
せっかくここまで逃げてきたのに、こんな終わり方はあんまりだ。
「とりあえず、あなた誰?なにか用かしら?」
目の前の魔物は不思議そうに首をかしげる。
そこで初めて、グレイは魔物の容姿に気がつく。
顔は信じられないほどの美人。
肌は真っ白で、銀に近い白の髪がよく似合っていた。
赤い瞳はルビーのようで、見る者を引きつける。
見にまとっている衣服こそ庶民のそれと大差ないが、全体的に体のラインがわかるような服を着ているせいか、非常に色っぽい。恐らくサキュバスというヤツだろう。男を誘惑し、喰らう魔物。
そのせいか、魔物だとわかっていてもグレイは見惚れてしまった。
「…人が尋ねているのに、返事を返さないのは失礼だと思うのだけど」
そう言われて我にかえった。
「あ、俺は…、その…走ってた」
たしなめるように言われ、ついグレイは返事を返してしまった。
しかも、ものすごく間抜けな答えを。
「……」
魔物もそう思ったのか、すごく微妙そうな顔をしている。
これはまずい。なにか弁解しなくては!
「あ、いや、その、俺は決して怪しい者ではなくて…」
慌てて、身振り手振りを交えながら説明しようとした時だった。
何も食べてなかった腹が情けない音を出した。
「「………」」
二人の間に沈黙が訪れる。
グレイはあまりにも恥ずかしくて、顔を逸らしてしまう。
「…顔の口と違って、お腹の口はちゃんと説明できるみたいね。とりあえず入りなさい。話は後で訊くから」
そんなことを言われ、余計に恥ずかしくなってしまう。
「ほら、こっちよ」
グレイが動かないからか、魔物は歩み寄ってくるとグレイの腕を掴んだ。
「な、は、離せ!」
「いいから来なさい」
なんとか腕を振り払おうとするグレイだったがそれは叶わず、家の奥へと引きずられていく。
細い腕して、なんて力だ。
さすがは魔物といったところか。
そしてずるずると引きずられていった先は、台所だった。
何か作っているらしく、いい匂いが漂っている。
これで作っているのが人だったなら、なんとか自分も食事にあやかりたいところだ。
だが、目の前にいるのは魔物。
魔物は人を喰らうのだ。
自分が台所に連れてこられたのも食事のためだろう。
さすがに丸かじりということはないだろうが、目の前の魔物が自分をどう食べるのか想像もつかない。
料理しているところを見ると、バラバラに切り裂かれて調理され、おいしくいただかれるのかもしれない。
そんなことを考え、息を飲んだ時だった。
魔物は近くの椅子を引くと、グレイの手を離した。
「じゃあ、ここに座ってね」
「…は?」
なにを言われたのかわからなかった。
「お腹減ってるんでしょ?待っててね、ちょうど今作ってたところだから」
そんなことを言うと、魔物は調理を再開してしまう。
なんだ、この状況は。
「そうそう、私はミリア。少しの間だけど、よろしくね。それで、あなたの名前は?」
魔物は気がついたようにそう言葉を続けた。
「…魔物なんかに名乗るつもりはない」
こちらを見たミリアに、グレイはそう告げる。
「初対面なのに、私は嫌われてるのね。悲しいわ」
そんなことを言うわりに、顔は全く悲しそうではない。それどころか、うっすらと笑ってるくらいだ。
さすが魔物。平気で嘘をつく。
「ああ、嫌いだね。魔物なんか大嫌いだ」
「その毛嫌いぶりをみると、反魔物
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