苦労の絶えない日

 自分のくしゃみでルークは目が覚めた。
 背中がひんやりするのは床に寝ていたせいだろう。カーペットこそ敷いてはあるが、季節は秋。何もかけずに寝るにはいささか時期が悪い。
「そういや、自分の部屋じゃないんだったな……」
 見知らぬ天井から目を離し、ルークは体を起こしてある方向を見た。その先にあるのは一つのベッド。そこには、ルークがここに泊まることになった原因である娘が無防備に眠っている。頭に狐の耳があるので、人化の術とやらは解けたらしい。
 それを確認すると、今度は壁に付けられた古い時計に目をやる。騎士団は毎日朝礼を行なう決まりだ。その朝礼まで一時間もない。朝礼に出るのは強制なので、ルークは穏やかに眠る狐を起こしにかかった。
「おいミーネ、起きろ」
 軽く揺すると、ミーネの目がうっすらと開いた。青い瞳がルークに向く。
「あれ、ルーク……?」
 眠たげな声を出すミーネだったが、次の瞬間目がぱちっと開き、がばっと起き上がった。
「きゃああああっ! なんで当たり前のようにわたしの部屋にいるの!?」
 昨夜酔い潰れた狐娘様は毛布で体を隠すように覆いつつ、寝惚けたことをのたまった。
「よく見ろバカ狐。ここがお前の部屋に見えるか?」
「え……?」
 きょとんとしつつ、ミーネの顔がくるりと部屋を見回す。
「えっと、ここ、どこ……?」
「町の宿だよ。どっかの誰かさんが昨夜酔い潰れてくれたおかげでな」
「酔い潰れた……? ……あっ! そういえば、お酒飲んだ後のこと覚えてないかも!」
 ハッとした表情で、ミーネは至極当然のことを口走った。
「それを酔い潰れたって言うんだこのバカ! おかげで俺はお前をおぶってここまで連れてきた挙句、床で寝る羽目になったんだよ!」
「え、おぶって……?」
「ああ、そうだ。なかなかに重かったぞ」
 実際は大して重くもなかったが、わざと意地悪なことを言ってやると、ミーネは複雑そうな顔でむくれた。
「そ、そんなに太ってないもん……」
 そして口元を毛布で覆いつつ「おんぶ、なんで覚えてないんだろ……」と小声で呟いた。
「まあ、体重の話はどうでもいい。それより、俺はもうすぐ仕事の時間だから行くぞ。昼には迎えに来てやるから、それまで大人しく待ってろ。朝飯は今から持ってきてやる」
 それだけ言って扉に向かおうとしたところで名前を呼ばれた。
「ル、ルークっ。待って」
「なんだよ」
 振り向くと、なぜか頬を少し赤くしたミーネがこちらを見ていた。
「えっと、その、ねっ……」
「だから、なんだよ?」
 少し苛立ちを込めた声で聞き返すと、ミーネはぐっと何かを堪えるような顔になり、そして言った。
「その、おんぶしてほしいなぁって……」
「は?」
 さっぱり意味が分からない。起きているようで、頭は夢の世界をさまよっているのだろうか。
「えっと、ルークは重いって言ったけど、わたしは太っていませんっ。わたしもおんぶしてもらったこと覚えてないし、それを証明するためにもう一度おんぶしてほしいと思いますっ!」
 要点をまとめると、太ってないと言いたいらしい。
「あー、分かった分かった。お前は太ってない。それを認める。よし、朝飯を取りに行くか」
 朝からミーネに付き合っている暇はないので、棒読みで適当に流すと部屋から出た。
「え……。おんぶは?」
「知らん」
 それだけ言うと、ルークはさっさと扉を閉めたのだった。


「おいルーク、昨夜は帰ってこなかったが、どうしたんだ?」
 朝礼が終わり、ぞろぞろと騎士団本部を歩くなか、隣りのキースがそう聞いてきた。キースとは相部屋なので、ルークが帰ってこなかったことは当然知っているのだ。
「あー、ちょっと面倒な事情があってな。宿に泊まる羽目になったんだよ」
「へぇ、宿にね。ルークにもつい女ができたか」
 からかい半分に言ってくるが、女という点は当たっているから困る。厳密には違うが、それを言えばからかいの種を提供することになるので、 ルークはさらっと流す。
「んなわけないだろ。ちょっと面倒なことがあったってだけだ」
「面倒ねぇ。ま、そういうことにしておいてやるよ。お前が面倒事に首突っ込むのはいつものことだしな」
「そういうこった」
 肩をすくめていつもの担当区域へと向かおうとする。しかし、すぐ目の前を歩いていた同僚が唐突に足を止めたので、ルークは危うくぶつかりそうになった。
「おっと。急に止まるなって」
 しかし、ルークの抗議の声は無視された。それ以前に、目の前の同僚はルークの方など見向きもしていない。その視線は騎士団本部と町とを繋ぐ唯一の入り口に向けられていた。
 訝しんでルークも視線を向ける。そして体が瞬時に硬直した。
 そこにいたのは、どう見ても場違いな若い娘。いかにも人を待っていますといった感じに佇んでいるそいつは
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