すっかり通い慣れてしまった道を馬で進みつつ、レナードは自分に気合いを入れる。
昨夜、エステルと会話できたことで仕事に対するモチベーションはかなり復活した。正確には愚痴を聞いてもらっただけだが、それでもレナードの心は前日とは比べ物にならないほど軽い。我ながら単純だと思うが、すぐにいいやと首を振った。
「男が単純なだけだな……」
やがて見えてきた作業現場が見えてきた。道を塞ぐ土砂も、カーリ川に沈んでいる岩盤も昨日のままだ。だが、今日はその景色が違っていた。
「人……?」
レナードが毎日のようにスコップで移動させた土砂の山はそれなりの高さになっている。その山の頂上に、褐色肌の女性がいるのだ。
遠目にそれを確認して、レナードは嫌な予感に襲われた。自分の位置からでも彼女の肌が見えるということは、ほとんど衣服を身に付けていないということになる。そして、女性がそんな姿で外を出歩く羽目になる事態は、どれも面白い話にならない。
手綱を操り、馬を走らせる。白い毛並みが自慢の愛馬はレナードの意思に従い、軽やかに走り出す。頼むから最悪の事態にだけはなっていませんようにとレナードは強く手綱を握りつつ、前方を睨むように見つめた。
力強い走りで、愛馬はすぐにレナードをいつもの作業場へと連れて来てくれた。それを労ってやることもなく飛び降りると、レナードはすぐにどかした土砂の山へと向かい、女性を見上げる。そこで唖然とした。
その女性は裸だった。褐色の身体は余すとこなく晒されていて、豊満な胸や性器といった大事な部分も隠されていない。唯一身に付けているものといったら、頭の上にある花飾りくらいだ。人前では決して見せられない姿だというのに、その女性はレナードを視界に納めても悲鳴一つ上げることなく、感情に乏しい表情で見下ろしてきた。
「待ってた」
それが自分に向けられた言葉だと気づくまで、レナードは時間がかかった。その美しい裸体に気を取られていたというのもあるが、その女性は普通ではないことに気づいたからだ。
彼女の両腕、その肘から先はごつごつとした岩に覆われた巨大な手になっていた。その異形の姿に、レナードはすぐに結論を出す。
「魔物……!」
「いいえ、違いますよ」
被せるように、女性の声がした。しかし、声の主は明らかに目の前の魔物ではなかった。その声は、まったく別の方向から聞こえたのだ。
「誰だ」
「こちらです」
再び声がしたのは、カーリ川の方からだった。目の前の魔物から意識を外さないように注意しつつ目をやると、川の中から半透明の青い身体を持つ魔物が出てくるところだった。女性の形をした水とでもいえばいいのかもしれない。
その魔物は優しげな笑みを浮かべ、静かに一礼した。
「おはようございます、レナードさん。お待ちしていました」
「あ、ああ、おはよう……」
あまりにもごく自然に挨拶してくるものだから、レナードは相手が魔物であることも忘れて返事を返していた。
「さて、レナードさん。少しお時間をいただきますね。お話しましょう」
すすっと、魔物がレナードに近づいてくる。それに合わせて、レナードは数歩後ずさった。
「なぜ離れるのです」
「いや、だって、魔物だろう。こうして言葉を話せても、君は人の魂を食らう邪悪な存在のはずだ」
直後、レナードのすぐ傍に、土砂山の上にいた魔物が飛び降りてきた。
「っ!」
驚き、レナードは更に後ずさる。
「そんなもの食べない」
少しも表情を変えず、褐色の魔物が淡々と告げた。
「その通りです。確かに広い見方をすれば私達も魔物に分類されますが、詳しく言うなら、私達は精霊と呼ばれる存在ですよ」
水の魔物らしく、こちらは話し方が流暢だ。その口調が穏やかであることから、レナードもとりあえず話は聞いてもいいかと姿勢を正した。
「で、では、その精霊が俺にどんな話を?」
「仕事、手伝う」
「え?」
片言とはいえ、予想すらしなかった言葉をもらい、レナードは変な声を漏らした。
「仕事、手伝う」
全く同じことを言われ、戸惑いの目をもう一人の精霊へと向ける。レナードと目が合うと、彼女は笑って答えてくれた。
「私達はレナードさんが一人で頑張っているのをずっと見てきましたから。本来なら一人の人間に肩入れするわけにもいかず、傍観するしかありませんでしたが、こうして肉体を得た今は違う。レナードさんが望むなら、あなたの力になって差し上げられます」
「俺の力に?」
「はい。具体的には、この土砂を片付け、川の水を綺麗にすることができます。私達と契約さえしていただければ」
レナードは思わず息を呑んだ。彼女の言葉を信じるなら、自分の仕事が終わることになる。終わる見込みのなかった土方仕事とおさらばできるとあって、レナードはつい聞いていた。
「それは、どの
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