狐娘、町に行く!

「おい狐娘、迎えに来たぞ」
 本日も実にいい天気で風もなく、昼寝には最高の日和だ。できることなら木陰でうたた寝をしたいところだが、今日はミーネと買い物に行く約束がある。
 本人は大丈夫だと言っていたが、その根拠を知らないルークはそこはかとない不安を感じる。なにしろ、あの娘はルークの予想の斜め上を平気で行くのだ。昨日のキノコ料理がそれを証明している。
 自分の目で確認しないことには安心できないと、ルークは再びミーネの家の扉をノックした。
「おいミーネ、まだ準備してんのか?」
 しかし、反応はなかった。普段なら即座に返事をしてくるはずなのに、これはどういうことだろう。
 少し怪訝な表情になって考え、嫌な予感が頭をよぎった。返事をしないのではなく、できない状況だったら。
「入るぞ」
 そう前置きすると、躊躇うことなくルークは家に入った。悪い想像をしたせいか、体が緊張していく。
 足早に廊下を進み、ダイニングを覗いてみるがそこにミーネの姿はない。これは本格的にやばいと思ったルークだが、続けて向かったリビングでミーネを発見し、盛大なため息をついた。
「寝てただけかよ……」
 人を心配させた元人間の狐娘は、リビングに置かれたソファでそれはそれは幸せそうに眠りこけていた。華奢な体を丸め、口からは少しばかり涎を垂らしている。ルークが心配したような状況とは無縁であると体言したかのような無防備ぶりだ。
 ルークは再びため息をつくと、ミーネを起こそうと体を揺する。
「おいミーネ、起きろ」
「キノコが一つ……。キノコが二つ……。キノコが三つ……。キノコがいっぱい……♪ えへへ……♪ こんなに食べられないよぅ♪ 幸せ〜♪」
 ……どうやら涎を垂らしている理由は、キノコを食べている夢を見ているかららしい。
「四個以上はいっぱいなのかよ……」
 寝言に突っ込みを入れつつ、ルークは再びミーネの体を強めに揺すった。
「おいバカ狐、起きろ!」
 少し強めに声を出すと、ミーネの目がうっすらと開いた。
「ん? ルーク……?」
 むくりと体を起こし、ミーネは寝起き特有のとろんとした目でルークを見つめるが、すぐに自分の状況が分かったらしい。
「あ、あれ? もしかして、わたし寝ちゃってた!?」
「ああ。涎を垂らしながらという間抜け面でな。しかも、聞いててため息しか出ない寝言のオマケ付きだったぞ」
 ばっとミーネが自分の口元に手をやる。そこに涎の後があったからだろう。その顔が瞬時に赤くなった。
「み、見ないで!」
 言ったと同時に廊下へ逃げて行った。
「今さら手遅れだろ……」
 呆れるようにため息をつくと、ソファにどっかりと座る。もちろん、涎の垂れていた部分は避けた。
 やがてミーネが戻ってきたが、ものすごく恥ずかしい姿を見られたからか、露骨に視線を逸らしている。
「え、えっと、さっきのは忘れてね……」
「まったく、買い物に行きたいって言ってきたのはお前なのに、いざ迎えに来たら昼寝中ってのはどうなんだ?」
 軽くいじめてやると、ミーネはぷうっとむくれた。
「ルークのせいだもん」
「は? なんでお前が昼寝をしてた原因が俺のせいになるんだよ。子守唄を歌った覚えはないぞ」
「夜、ルークが寝かせてくれなかった」
 予想すらしなかった返事がきた。
「待て待て待て! それは誰の話だ! 昨夜はお楽しみだったみたいに言うんじゃねぇよ! 俺はきちんと自分の部屋で寝たぞ!」
「今日、ルークと一緒に買い物するって考えたら、楽しみで昨夜は眠れなかったんだよ? だからルークのせいだもん」
 ぷいっと顔を逸らすミーネはルークのせいだと決めつけている。
「ガキだろ……」
 昨夜眠れなかった理由といい、今のミーネの仕草といい、まるで子供だ。見かけは十代半ばから後半のくせに、そんな仕草が似合っているから困る。付き合うと間違いなく疲れると判断したルークは、さっさと本題を切り出した。
「わかった、昼寝してたのはもういい。それより買い物に行くんだろ? さっさと準備してくれ」
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと準備してくるね」
 買い物と聞いて機嫌が直ったのか、ミーネはぱたぱたとリビングから出て行った。
「しかし、どうするつもりなのかね……」
 フード付きのローブでも着るつもりなのだろうか。それなら耳も尻尾も隠せるが、どんなことがきっかけでばれるか分かったものではない。その辺りのことをミーネが理解しているかは怪しい。
 どんどん不安になっていくルークだったが、足音がしたので、とりあえず考えるのをやめてミーネの方を見た。
「じゃーん! どう? これなら問題ないでしょ?」
 得意げなミーネはルークの前まで来ると、嬉しそうに笑った。しかし、ルークは目を見開くだけで言葉が出てこない。ミーネにあるはずの狐の耳と尻尾がなかった
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