目も当てられない惨状とはきっとこういうことをいうのだとレナードは思った。
盛大に崩れた崖は大小様々な岩盤となって辺りの景色を不自然なものに変えているだけでなく、カーリ川にまでなだれ込んでいる。おかげで川の水は当然のように濁り、この水が流れ込む町は景観が盛大に損なわれている。
レナードはその原因の調査に来ているのだが、理由は見ての通り崖崩れだ。よって、崩れ落ちた岩や土砂を撤去すればいいのだが、人手が足りていないせいで現場にいるのはレナード一人だ。国に人員の要請はしてあるが、他の地域でも似たような状況になっているらしく、当分の間、国からの援助は望めないとのことだった。
おかげでレナードは一人でつるはしとスコップを振るう日々が続いている。
こうしてやってきている公の調査はレナードの本職ではない上に、そこから更に調査とは縁のない撤去作業をやらされ、鬱憤は日々溜まるに溜まっている。
レナードの本職は公ではない、裏側の調査だ。不正に利益を得ている役人や悪徳商人の調査が本来の仕事である。しかし、常に裏側の仕事があるわけではないし、仮にあったとしてもレナードの他にもう一人裏側の調査をする者がおり、そちらの方が優秀なので、よほどの案件でもなければレナードに本来の仕事が回ってくることはないのだ。
よって、現在は表向きの仕事である公の調査員として、町の景観を損ねている原因の排除に当たっていた。
「はあ……」
口からはため息しか出ない。昼休憩を早めに切り上げて仕事を再開しているが、そもそも一人でどうにかなる作業量ではないため、どれだけ働いても終わりが見えてこない。
ほとんど生き地獄だなと思いながら、日が沈むまではきちんと撤去作業を続けて帰路につく。町に着くと、いつものように行きつけの酒場であるイコールに立ち寄った。
イコールは町の端に近い位置取りなので客も普段からそう多くはなく、落ち着いて一杯やれる場所だ。しかし、最近は来店する客が増加したらしく、店に入っても席に着くまで待たされることが多くなった。
この日は幸いなことにカウンター席に空きを見つけ、レナードはそこに座った。
「ローナちゃん、注文いいかな」
「あ、はい。どうぞー」
慌ただしく動いていたローナを呼び止めると、彼女はすぐにやってきた。
「とりあえず、ビールと焼き豚」
「はい、分かりました」
注文を聞いたローナはすぐに厨房に消えていく。そしてビールがすぐに運ばれてきた。
泡が縁から溢れそうになっているビールを飲むと、疲労困憊の体に瞬時に行き渡る気がする。一日の疲れが取れる瞬間だ。それからつまみとして出てきた枝豆を口に放り込む。程よい塩加減で、酒が進むように味付けされているので、レナードはそれなりに気に入っている。
焼き豚を待っていると、新たに数人の客が入ってきた。最後の一つだった空きテーブルに着くとさっそく近くにいたリゼを呼んでビールや焼き魚を注文している。
彼らの話を聞くつもりはなかったのだが、席が近い上に話し声が大きく、嫌でもその内容が聞こえてしまった。
「リゼちゃん、今日はエステルちゃんは?」
「エステルさんなら、厨房を手伝ってますよぉ」
「なんだ、今日もかよ。最近なかなか姿が見れなくて残念だね」
「皆さんがエステルさん目当てに来てたくさん注文するから、エステルさんがフォローで厨房に入っちゃうんですよぉ」
リゼの皮肉に、男達は苦笑しながら弁解を始めた。ぼんやりとそれを聞いていると、ローナが注文していた焼き豚を持ってきた。
「ローナちゃん、ビールのおかわり頼む」
「はい」
ジョッキを受け取るとローナはすぐに厨房へと消えていく。その間も先程の男達はエステルの名前を口にしていた。
この店の常連である自覚はあるため、レナードもローナとリゼの二人は知っているし、向こうもレナードのことは覚えてくれている。だが、エステルなる人物は知らなかった。
「はいレナードさん。おかわりです」
ジョッキいっぱいに注がれたビールを置き、ローナが立ち去ろうとする。彼はそれを呼び止めた。
「ローナちゃん」
「はい、何か注文ですか?」
「いや、そうじゃない。さっき聞こえたんだが、エステルちゃんって人は誰だい? 新しい子?」
「ああ、エステルさんですか」
エステルの名前を出した途端にローナは納得顔になった。その様子から察するに、既に聞き慣れたといった雰囲気だ。
「やっぱり新しい子かい?」
「はい。二週間くらい前から入った人です」
「美人?」
茶化すつもりで言ったら、ローナは疲れたようにため息をついた。
「頭にすごいとかとてもが付くくらいの美人です。こんなにお客さんが来ているのだって、ほとんどがエステルさん目当てなんですよ?」
その言葉には驚いた。最近客が増えたのはそんな理由があっ
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