なっちゃったものは仕方ない

 馬を飛ばしてなんとか朝礼の前に騎士団本部へ辿り着くと、同僚達から死人を見る目で見られた。それらを軽く無視して直属の隊長室へ向かい、事情を説明しようとしたルークへの隊長の最初の言動は、まさかの鉄拳制裁だった。
「いっ!」
 あまりの痛さに、思わず頭を押さえてうずくまる。そんなルークを見下ろし、隊長のミラは溜め息をついた。
「まったく、お前は何度言えば分かる。無茶な真似はするなと、私はいつも言っているはずだぞ?」
「隊長こそ、何度言えば分かんだよ。無理、無茶、無謀の無い無い三拍子は俺の専売特許だぞ」
 直後、再びミラの鉄拳が炸裂した。
「あだっ!」
「得意げに言うな! それに、目上の者には敬語を使えと何度言えば分かる!」
 二発目の鉄拳によって、ルークは軽く眩暈がした。
 女であるミラのどこにそんな力があるのかと疑いたくなるくらいに痛い。これ以上殴られると頭の形が変わるか、記憶が飛ぶかしそうなので、ルークはなるべく控えめに抗議する。
「そうは言うけどな。隊長だって、今更俺が敬語なんか使うことを期待してないだろ?」
「そうだな。お前が私に敬語など使ったら、明日は剣の雨が降ると思っている」
 実のところ、ミラには隊長という肩書きを除いても敬語を使わなければならない。彼女は、この国では有力な貴族の一人娘なのだ。つまるところ、お嬢様というやつである。
 それがなぜ騎士団などというむさ苦しいところにいるかというと、本人曰く、政治の道具にされるのが嫌だったからだそうだ。
 よって若いうちから剣を学び、貴族の権力という後ろ盾も使わず騎士団に入団、実力だけで隊長の地位に昇りつめた努力の人だ。
 男所帯の騎士団に所属しているだけあって手が出るのは早いが面倒見は良く、貴族ならではの恵まれた容姿もあって、実は隠れファンも多い。
 そんなミラだが、『兜割』というおよそ女らしくない二つ名も持っている。これは文字通り兜を割るという意味でつけられたのだが、拳で兜を割りかねないという意味でつけられたものだ。
 実際に何度もその鉄拳を頂戴したことのあるルークから言わせると、本気でできかねない。ミラの鉄拳はそれくらい痛い。正直、剣より素手で戦った方が強いとさえ思っている。
 彼女は規則違反をした者にその鉄拳を振るう確率が高いので、ミラの隊に所属する者は大抵一度はその鉄拳を食らい、恐怖を刻まれている。ちなみに、命令違反や単独行動をして鉄拳制裁を頂戴することにおいて、ルークの右に出る者はいない。
「じゃあ、最初から言うなって。育ちの悪い俺に敬語なんか使用できるわけないだろ」
「……他の隊長には使うのにか?」
「あれはそれっぽく言ってるだけだ」
 さらりと言うと、ミラは溜め息をついた。
「いい加減に隊長推薦を受けろ。そうすれば、私や他の隊長にもその態度で接していいのだからな」
「いい加減にするのは隊長の方だ。俺なんかに隊長が務まるわけないだろ」
 仮に隊長になったところで、すぐにヘマをして降格処分になるのは目に見えている。なら、最初から今のままでいい。
「はあ。実力は問題なく隊長クラスのくせに、どうしてなろうとしない? なりたいと思ったところで、隊長の推薦がなければなれんのだぞ?」
「隊長の数は今でも足りてるだろ。無理に増やそうとすんなよ」
 ミラはまだ何か言い足りなそうだったが、のらくらと避けるルークとのやり取りで諦めたらしい。美しい顔を曇らせ、再び溜め息をこぼした。
「分かった、この話はもういい」
「まだ何かあるのか?」
 ミラは頷き、言った。
「服を脱げ」
「こんな明るいうちから脱げだなんて、隊長も大胆だな」
 茶化してやると、ミラの顔が瞬時に赤くなった。
「なっ!? ばっ! な、何を言っている! 誤解だ! 私は傷口を見せろと言ったんだ!」
「はいはい、分かってるよ。……ん?」
 制服の上着に手をかけたところでふと気付いた。
「どうした? 痛むのか?」
「いや、隊長、なんで俺が刺されたこと知ってんだ?」
「ああ、そういうことか……」
 ミラは納得したように頷き、小さく笑った。
「お前を刺した三人組は、キースを含めた数人が既に捕らえて牢に送還済みだからな。よって、事情はおおよそ把握している」
 どうやら友人の方で上手くやってくれたらしい。あの頭の男も捕まったと聞いて、ルークは一安心だ。
「しかし、捕らえた時に頭の男が悪あがきとばかりにお前を殺したと言った時は、皆も驚いたそうだぞ。後で聞かされた私も同様だ。なにしろ、今日までお前が見つからなかったからな。だが、こうして戻ってきてくれた。これでようやく一安心できるというものだ。さて、話を戻そう。傷の具合はどうだ?」
「こうして隊長と話ができるくらいには大丈夫だ」
「そうか……。しかし、頭の男の話ではかなりの重傷を負わせた
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